第0章 避難所カフェ「灯(ともり)」
大阪の下町。商店街の外れに、トタンと合板で急ごしらえした小さな建物がある。かつて青果店だった鉄骨スレートの倉庫を、ボランティアたちが修繕して避難所に変えた。入口の上には、木の端材を釘で打ちつけた看板が揺れている。白ペンキで「灯」とだけ書かれていた
旧商店街の倉庫を改装した小さな喫茶兼集会所――避難所カフェ〈灯〉。
店の入り口には「Wi-Fiあり」「給湯15時まで」と手書きの札。外のベンチには、電源を求めて並ぶスマホとノートPC。天井には裸電球がぶら下がり、発電機の低い唸りが途切れ途切れに響く。
かつての東京から避難してきた人々が、ここで日々の“生存と会話”を繰り返していた。
関西訛りと関東訛りが入り混じり、職業も年齢もまちまちだ。
スーツ姿だったサラリーマンは今では土埃まみれのボランティア用ベストを着こなし、学生はノートの代わりに古新聞の裏にメモを取る。商店主は、救援物資で届いたコーヒー豆をすり潰して無料で配る。昼過ぎになると、誰かが小さなスピーカーでラジオを流し、ニュースと音楽が交互に途切れる。
政治も経済も崩れ、株式市場などとうに消えた世界で、なぜか今日は「お金の話」をしたがった。
それは、もう一度「未来」を考えるための、かすかな練習のようだった。
カップの底で沈んだインスタントコーヒーの泡が、電灯の光を反射する。
渡辺さんが、持ち込んだ古本とメモ用紙をテーブルに広げる。
周囲の空気が、自然と静かになる。
――そして、「臆病者の投資法」が始まる。