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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
2037/2187

第193章 《複製か創造か:触れられない本物》



 静かな午後だった。

 新寺子屋の第2視聴室では、積層ディスプレイ《S-Layer Type A1》が淡く点灯していた。


 今日の表示は、17世紀フランドル絵画の複製。

 画面中央には、陽光の中で銀器を磨く召使い。

 その手元の光沢が、画面を通して空間に“こぼれている”ようだった。


 生徒のミナがそっと言った。


 「……これ、博物館で見たやつより、綺麗かもしれない。」


■ “本物”とは、何を指すのか?


 講師の《フクロウ》が問いかける。


 「この絵は、実物ではありません。

 だが、君たちの誰かが“本物より本物らしい”と感じた。

 その感覚は、正しいのでしょうか?」


 リョウが手を挙げた。


 「でも、これって……本物の筆で描かれてないし、色も光で作られてる。

 だから偽物……なんじゃないの?」


 フクロウは首を横に振る。


 「そうとも限りません。

 “何をもって本物とするか”は、技術ではなく、認識の問題です。

 君たちは、この像に“意味”を見出し、“感情”を動かされた。

 それは、“見る”という行為が成立したということです。」


■ 積層ディスプレイが再現する“存在の厚み”


 ミナが近づき、絵の表面を覗き込む。

 筆致の凹凸、ニスの微妙な光沢、金属の粒子反射、

 すべてが現実と見紛うほどの精度で再現されている。


 しかし触れると、何も感じない。

 指先には滑らかなガラスの感触だけが残った。


 「……触れないってわかってるのに、

  なぜか、“そこにある”と信じちゃう。」


 それは、積層ディスプレイの“構造された光”が、

 脳の深層視覚処理を欺くほどの精度に達している証だった。


■ 視覚は“物質”か、“体験”か


 ここで、補助講師の南条が生徒たちに問う。


 「君たちが“本物の絵”に何を求めているのか、それを逆に考えてみよう。

  それは、筆の材質か? 絵具の分子構造か?

  それとも、“それを描いた誰かの時間”か?」


 ユリが答える。


 「……どれもあると思う。

  でもやっぱり、“描いた人がそこにいた”って感覚かな。」


 南条は微笑む。


 「なるほど。

  では、この絵にそれが“ない”と言えるだろうか?」


■ 再現を超えた“変奏”としてのディスプレイ


 積層ディスプレイは、単なるスキャナの拡張ではない。

 むしろそれは、“実物を一度解体し、再構成する演奏装置”に近い。


 たとえば:


 - 油絵の筆跡を凹凸レイヤーで再現

 - 経年変化による黄変を、リアルタイムにシミュレート

 - 元の絵に存在しなかった“塗り残し”や“修復前の状態”を再構成表示


 つまり、そこにあるのは「模倣」ではなく、**“知覚を通じて再構成された存在”**だった。


 それをフクロウはこう表現した。


 「この装置は、“記録”ではなく、“再解釈”を行います。

 それは、かつての絵画に宿っていた“見るための思考”を、再び問い直す技術なのです。」


■ “コピー”は“創造”になりうるか?


 授業の終盤、ミナが問いかけた。


 「もし、誰かがこの絵を初めて見たら、

  これが“本物”だって思うよね?」


 リョウが補足した。


 「本物を知らなかったら、“これ”がオリジナルになる。」


 フクロウは頷く。


 「それが重要なポイントです。

 視覚体験の“一次性”とは、“最初に出会った像”に対して生まれる。

 それが本物かどうかは、視覚の記憶が決めるのです。」


■ 「複製」とは、“過去に似せた未来”である


 最後に南条が言った。


 「本物か複製か、それは倫理ではなく、関係性の問題だ。

 この像が“誰かの記憶”や“文化の継承”を可能にするならば、

 それは複製ではなく、未来への“創造的接続”となる。」


 生徒たちは黙って、ディスプレイを見つめていた。


 そこには、誰かが一度、心を動かして描いたものがあり、

 いまそれを見て、また別の心が揺れていた。


ディスプレイの光は、そっと揺らぎを見せた。

それは、物質ではない。けれど、確かに“そこに在る”と感じられる存在だった。


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