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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
2033/2276

第189章 《AIに“見る力”を与えるための模倣構造》



講堂の中央に設置されたホログラフ投影装置が、複雑な電子回路と神経細胞の図を同時に浮かび上がらせた。


「ここにあるのは、一見まったく異なるふたつの“視覚システム”だ。」

フクロウの声が響いた。

「左は、人間の視神経網。右は、AIの視覚処理回路。だが――近年、これらは急速に似通い始めている。」


ミナが前に出て、神経の束と配線の図を交互に見比べた。


「……まるで、コンピュータが人間の“見方”を真似してるみたい。」


【1】AIが“見る”ということの意味


「かつて、コンピュータは“見る”ことができなかった。」

南条が歩み寄りながら言った。


「デジタルカメラに入力されるのは、ただの画素の集合、つまり数値だ。

だが、君たちは花を見れば“咲いている”と感じ、

人の表情を見れば“怒っている”とわかる。

この“意味のある視覚”は、機械にとって最大の壁だった。」


フクロウが補足する。


「AIが“見る”とは、“映っているものを識別する”ことにとどまらない。

何が重要かを見極め、意味を理解し、判断につなげる一連の認知プロセスなのだ。」


【2】生物視覚の模倣から生まれたAI構造


講堂のホログラフは、やがて一枚の映像に切り替わった。

それは、人間の視覚野V1のニューロン群が、

エッジや方向、動きに応じて活動しているシミュレーションだった。


「この“局所的な特徴抽出”という仕組みを模倣したのが、CNN――畳み込みニューラルネットワークである。」


画像全体ではなく、小さな領域カーネルに注目し、エッジや輪郭を段階的に抽出する構造は、視覚皮質の第一層に酷似している。


続いて示されたのは、視覚注意を模倣するAIアーキテクチャ。

“Transformer”と呼ばれるこの構造は、入力全体ではなく、“重要な場所”にだけ演算資源を集中する。


「これは、**人間が意識的に“見たいもの”に視線を向ける行為=選択的注意(Selective Attention)**の模倣だ。」


【3】“網膜を真似る”カメラ:イベントビジョン


次に表示されたのは、“動きのある部分”だけを非同期で出力する特殊カメラの映像だった。


「これは、“イベントカメラ”と呼ばれる。

通常のカメラとは異なり、“変化が起きたピクセルだけ”を記録する。」


この仕組みは、網膜の神経節細胞が“明るさの変化”にしか反応しない性質に基づいている。

つまり、網膜は最初から“差分検出器”として機能しているのだ。


「生物の目は、“動かないもの”を無視して、省エネしている。

AIがその構造を模倣すれば、膨大な映像処理を高速・省電力で行える。」


【4】“見る力”は、判断力そのものである


リョウが質問した。


「でも、AIが人間みたいに“見る”ことができたら、もう“判断”も全部AIに任せちゃっていいの?」


南条が静かに首を横に振る。


「見えることと、わかることは違う。

AIは、“何がそこにあるか”は理解できるかもしれない。

だが、“それが今、重要かどうか”――その判断には文脈がいる。」


たとえば、倒れている人と、寝ている人。

AIは“人が横たわっている”という像は取得できる。

だが“助けが必要かどうか”を判断するには、周囲の空気、過去の知識、状況の読み取りが不可欠だ。


「意味を含んだ視覚とは、“身体と世界の接続”を含んでいる。

機械が“見る力”を持つには、人間のような“状況と関係性”の獲得が必要になる。」


【5】模倣が拡張する視覚の可能性


フクロウが最後に言った。


「模倣は、かつては“劣化コピー”と思われていた。

だが今、模倣とは、構造的理解の結果であり、進化の回路でもある。」


AIが目を持ち、注意を向け、意味を選び、文脈を探る。

そのすべての技術は、人間の視覚を理解することでしか構築できない。


南条が結んだ。


「君たちがこれから作る機械の“目”は、単なる記録装置ではない。

それは、“意味と身体をつなぐ新たな知覚系”なのだ。」


講堂に再び、本物のバラが置かれた。

だが今回は、その横に、AIが生成した立体映像のホログラムも浮かんでいた。

花びらの揺れ、光の散乱、表面の艶。

人間の目が“現実”と判断するまでに、もうほとんど差はなかった。


それでも、子どもたちはその微かな違い――

“そこにある”と“そこに見える”の差――を確かに感じ取っていた。


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