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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
2030/2172

第186章 《視覚の解像度とは何か?》




講堂の中央に設置された大型スクリーンには、次々と高精細の映像が映し出されていた。

花びらの産毛、虫の翅の模様、岩肌の微細なひび――いずれも8000×4320ピクセル。

いわゆる「8K」画像である。


ミナが思わずつぶやいた。


「すごい。こんなに細かいの、肉眼より見えてるんじゃない?」


フクロウが、宙に浮かぶ光の瞳をふわりと揺らした。


「それは本当だろうか?」


【1】“網膜解像度”はカメラより劣るのか?


フクロウが提示したのは、人間の目の断面図だった。

•網膜には約1億2千万本の桿体細胞(明暗を検知)

•そして約600万本の錐体細胞(色と細部を検知)

•だが、中心にある「中心窩(fovea)」はわずか0.01%の領域にすぎない


リョウが眉をしかめる。


「じゃあ、600万画素って……スマホカメラ以下じゃないか?」


南条が静かに首を横に振る。


「数字の比較は意味がない。

なぜなら、“解像度”とは“見える細かさ”ではなく、“知覚される情報密度”の問題だからだ。」


【2】人間の目は“全体”を高精細で見ていない


フクロウがスライドを切り替える。


そこには、視野中心は鮮明に、周辺はぼやけた画像が示されていた。


「君たちは普段、“視界全体”がくっきり見えているように思っている。

だが実際には、網膜の中心部分(中心窩)でしか高解像度な像は得られていない。」


ミナが言う。


「でも、周りも見えてるよ?」


南条が答える。


「それは脳が補完しているのだ。

君たちは、1秒間に3〜5回、無意識に眼球を動かし(サッケード)、

細部を“なめるように”見ては、それを一枚の映像として合成している。

人間の視覚は、“記録”ではなく“再構築”のプロセスなのだ。」


【3】高解像度カメラの構造的限界


フクロウが提示したのは、最新の8Kテレビカメラの内部構造だった。

•3300万画素(7680×4320)

•各画素にはRGBのカラーフィルター

•1画素ごとに光電変換してデジタル信号化

•全画面を“等解像度”で記録


「だがこの構造は、画面全体が常に同じ情報量を持つという“非生物的”な方式だ。」


リョウが言う。


「つまり……人間の目みたいに、“一部だけ高精度”ってわけじゃない?」


「その通り。」フクロウが応じる。


「しかし逆に言えば、それは非効率でもある。

カメラは、重要でもない場所にまで同じリソースを割いている。

人間の目は、“見るべき場所”にだけ集中する。」


【4】“見る”という能動的行為


南条が手元のペンを落とした。

ミナの視線が一瞬そちらに移る。


「今、君の視点は一瞬、中心窩を移動させた。

その時、網膜ではほんの数百の錐体細胞しか働いていなかったが――

君は“落ちたペン”の位置、速度、方向を理解した。」


「これが“見る”という行為だ。」フクロウが続ける。


「網膜の解像度とは、光を検出する“入口”の性能にすぎない。

だが視覚とは、“脳が何に注意を向け、何を意味づけたか”の問題である。」


【5】では「視覚の解像度」とは何か?


フクロウが黒板に書いた。


視覚解像度 = 網膜解像度 × 注視行動 × 意味構築


「この数式の意味を、もう一度考えてほしい。

どんなに高画素なカメラでも、

どんなに発色のよいディスプレイでも、

“見るべきもの”を選び、“意味”として構築しなければ、

それは単なる“情報の海”にすぎない。」


チャイムが鳴った。


だが誰も席を立たない。

南条が言った。


「これから先、君たちは“見る”という言葉を、もう一度定義し直すことになるだろう。

高解像度の技術と人間の視覚――

その“違い”こそが、君たちの最初の探求の対象だ。」


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