第184章 《存在する光、触れられぬ物体》
講堂の中央に、またしても何もない空中に、ひとつの像が浮かび上がっていた。
それは、青白い小さな彫像のようだった。
近づけば、肩の傷、指の皺、頬のくぼみまで見える。
空間に浮かび、どの角度からも立体的に見えるそれは、まるで実在する物体だった。
だが――
手を伸ばすと、空を切る。
ミナが手を引っ込めて呟いた。
「……いるのに、いない。
でも、“いない”とも思えない。」
フクロウの声が響く。
「この違和感こそ、今日の授業の主題だ。
ホログラムはなぜ、“存在”しているように見えるのか?
この問いを、3つの視点で追っていこう。」
【1】視差・焦点・運動視差——脳が“在る”と判断する条件
フクロウがスライドを表示する。
人間が“物体が存在している”と認識するには、以下の3つの条件が揃う必要がある。
1.両眼視差(立体視)
•左右の眼に届く像がわずかにずれていることで、距離感と奥行きが生まれる
•ホログラムはこの視差に完全に対応しており、「目の交差点」に像を再現している
2.焦点調節(遠近へのピント)
•見る対象の距離に応じて、水晶体が厚みを変えて焦点を合わせる
•ホログラムは“実際に焦点を持った光”を空間に作るため、目のピントが合う
3.運動視差
•頭を動かしたとき、背景と前景の動き方が異なることで、空間構造を理解する
•ホログラムはこれも再現する。角度によって像の見え方が変わる
南条が補足した。
「つまり、“そこにある”と判断するすべての知覚情報を、ホログラムは“本物と同じように”提供してしまうんだ。」
【2】触れられない実在——“実体”は必要か?
ケイが問いかける。
「でも、“触れられない”ってことは、“ない”ってことじゃないの?」
フクロウが答える。
「“在る”とは、“触れること”によってのみ定義されるのだろうか?」
ミナが考え込むように言った。
「光って、触れられないけど、見える。
音も、触れられないけど、聞こえる……
だったら、“見える”ことも、“存在”の証拠なんじゃない?」
フクロウが頷く。
「君の目がそこに“光の構造”を捉えているならば、それは“実体”ではなくとも、“実在”していると言えるだろう。」
南条が静かに続ける。
「むしろ……
触れられないからこそ、純粋な視覚的存在としての“強度”を持っている。
それは“物質性”のない“光の像”――透明なリアリティなんだ。」
【3】「実像」と「虚像」——現れる場所の意味
スクリーンに、再構成された光の“焦点”の構造が映し出される。
•実像:
•光が実際に空中の一点に集まっている
•スクリーンやカメラに映せる
•指先に“熱”や“影”がわずかに感じられることすらある
•虚像:
•光が目に届くが、発散していて、空間上には集まっていない
•手では触れない
•しかし“そこにある”ようにしか見えない
「ホログラムの多くは“虚像”だ。
しかし、君たちが見ているその“虚像”は、**現実の空間に浮かぶ“実体に匹敵する視覚像”**なんだ。」
リョウがぽつりと呟く。
「……でも、“実像”も“虚像”も、目には同じように見えるってことか……」
「そうだ。」フクロウが頷いた。
「だからこそ、“見える”ことの強度が、“触れる”ことより上回る瞬間がある。」
【4】知覚が生み出す実在性
フクロウが言う。
「知覚という行為は、世界を受け取るのではなく、世界を構築する。
目に見える像を“世界”と認識するのは、君たちの脳だ。
そして脳は、“意味ある形”にしか現実性を与えない。」
南条が補足する。
「君たちは、雲の形から動物を見出し、星の並びから星座を想像する。
同じように――
ホログラムの像を、意味ある“実在”として脳が受け入れれば、
それは君たちにとって“存在した”ことになる。」
【5】光として存在し、物質を超える
ミナがぽつりと呟いた。
「“いるのに、いない”って……
本当は、“いないように見えて、確かにいる”ってことかも。」
南条が静かに頷いた。
「そう。
物質ではないけれど、光としてそこにある。
記憶でも、想像でもない。“空間を変形させて現れる光の形”こそが、
ホログラムの“存在の方法”なんだ。」
講堂の光が消え、像が再び浮かび上がる。
今度は、古い書物のような冊子だった。
紙の擦れ、文字の浮き、革表紙の裂け目まで――
まるでそこに“物語”が立っているかのようだった。
子どもたちは誰も、
「これは偽物だ」とは思わなかった。
それが何よりの証拠だった。
“見る”とは、存在を受け入れることだという、動かぬ証拠だった。