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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
2028/2187

第184章 《存在する光、触れられぬ物体》



講堂の中央に、またしても何もない空中に、ひとつの像が浮かび上がっていた。


それは、青白い小さな彫像のようだった。

近づけば、肩の傷、指の皺、頬のくぼみまで見える。

空間に浮かび、どの角度からも立体的に見えるそれは、まるで実在する物体だった。


だが――

手を伸ばすと、空を切る。


ミナが手を引っ込めて呟いた。


「……いるのに、いない。

でも、“いない”とも思えない。」


フクロウの声が響く。


「この違和感こそ、今日の授業の主題だ。

ホログラムはなぜ、“存在”しているように見えるのか?

この問いを、3つの視点で追っていこう。」


【1】視差・焦点・運動視差——脳が“在る”と判断する条件


フクロウがスライドを表示する。


人間が“物体が存在している”と認識するには、以下の3つの条件が揃う必要がある。

1.両眼視差(立体視)

•左右の眼に届く像がわずかにずれていることで、距離感と奥行きが生まれる

•ホログラムはこの視差に完全に対応しており、「目の交差点」に像を再現している

2.焦点調節(遠近へのピント)

•見る対象の距離に応じて、水晶体が厚みを変えて焦点を合わせる

•ホログラムは“実際に焦点を持った光”を空間に作るため、目のピントが合う

3.運動視差

•頭を動かしたとき、背景と前景の動き方が異なることで、空間構造を理解する

•ホログラムはこれも再現する。角度によって像の見え方が変わる


南条が補足した。


「つまり、“そこにある”と判断するすべての知覚情報を、ホログラムは“本物と同じように”提供してしまうんだ。」


【2】触れられない実在——“実体”は必要か?


ケイが問いかける。


「でも、“触れられない”ってことは、“ない”ってことじゃないの?」


フクロウが答える。


「“在る”とは、“触れること”によってのみ定義されるのだろうか?」


ミナが考え込むように言った。


「光って、触れられないけど、見える。

音も、触れられないけど、聞こえる……

だったら、“見える”ことも、“存在”の証拠なんじゃない?」


フクロウが頷く。


「君の目がそこに“光の構造”を捉えているならば、それは“実体”ではなくとも、“実在”していると言えるだろう。」


南条が静かに続ける。


「むしろ……

触れられないからこそ、純粋な視覚的存在としての“強度”を持っている。

それは“物質性”のない“光の像”――透明なリアリティなんだ。」


【3】「実像」と「虚像」——現れる場所の意味


スクリーンに、再構成された光の“焦点”の構造が映し出される。

•実像:

•光が実際に空中の一点に集まっている

•スクリーンやカメラに映せる

•指先に“熱”や“影”がわずかに感じられることすらある

•虚像:

•光が目に届くが、発散していて、空間上には集まっていない

•手では触れない

•しかし“そこにある”ようにしか見えない


「ホログラムの多くは“虚像”だ。

しかし、君たちが見ているその“虚像”は、**現実の空間に浮かぶ“実体に匹敵する視覚像”**なんだ。」


リョウがぽつりと呟く。


「……でも、“実像”も“虚像”も、目には同じように見えるってことか……」


「そうだ。」フクロウが頷いた。


「だからこそ、“見える”ことの強度が、“触れる”ことより上回る瞬間がある。」


【4】知覚が生み出す実在性


フクロウが言う。


「知覚という行為は、世界を受け取るのではなく、世界を構築する。

目に見える像を“世界”と認識するのは、君たちの脳だ。

そして脳は、“意味ある形”にしか現実性を与えない。」


南条が補足する。


「君たちは、雲の形から動物を見出し、星の並びから星座を想像する。

同じように――

ホログラムの像を、意味ある“実在”として脳が受け入れれば、

それは君たちにとって“存在した”ことになる。」


【5】光として存在し、物質を超える


ミナがぽつりと呟いた。


「“いるのに、いない”って……

本当は、“いないように見えて、確かにいる”ってことかも。」


南条が静かに頷いた。


「そう。

物質ではないけれど、光としてそこにある。

記憶でも、想像でもない。“空間を変形させて現れる光の形”こそが、

ホログラムの“存在の方法”なんだ。」


講堂の光が消え、像が再び浮かび上がる。


今度は、古い書物のような冊子だった。

紙の擦れ、文字の浮き、革表紙の裂け目まで――

まるでそこに“物語”が立っているかのようだった。


子どもたちは誰も、

「これは偽物だ」とは思わなかった。


それが何よりの証拠だった。

“見る”とは、存在を受け入れることだという、動かぬ証拠だった。



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