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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
2025/2187

第181章 《記録する波面》




講堂中央には、暗幕に覆われた不思議な装置が設置されていた。

箱のようなベースからは、三方向に鏡とレンズが伸び、天井から吊るされた一点に向けて整列している。


南条が言った。


「この装置で、今から“波を記録する”実験をする。」


ミナが目を輝かせる。


「“光を写す”んじゃなくて、“波を写す”? そんなことできるの?」


フクロウの声が教室に満ちた。


「それができるのが、ホログラフィーだ。」


【1】準備:参照波と物体波


スクリーンにレーザー光の経路図が投影される。

1.レーザー光源から出たコヒーレントな単色光が、2方向に分岐

2.一方は直接スクリーン(参照波 R)へ

3.もう一方は、物体に当たり、反射して戻る(物体波 O)


「この2つの光が、1枚の感光フィルムの上で出会う。

このとき、もし光が“粒”だったら、ただの明るさしか記録できない。

でも、光が“波”だからこそ――重なり合い、干渉する。」


講堂が暗くなると、スクリーン上に“縞模様”が浮かび上がった。


「この干渉縞こそが、光の“位相差”を記録したものだ。」


【2】干渉縞とは何か


フクロウが続ける。


「物体波 O は、物体の形・質感・反射・凹凸・距離によって、波の“ズレ”=位相が変わっている。

参照波 R とそのズレを持つ O が出会うことで、強め合う点と打ち消す点ができ、干渉縞が生まれる。」


リョウが食い入るように見る。


「これ、単なるシマシマにしか見えないけど……本当にこれに“立体”が刻まれてるの?」


南条が応じる。


「見えないけど、“光の揺れ方そのもの”が記録されてる。

たとえるなら、風の通った草原の“揺れの軌跡”を、凍らせて残したようなものだ。」


フクロウがスライドを展開した。


【3】数学的モデル:波面の記録式


物体波を

参照波を

としたとき、感光材料に記録される強度は:


I(x, y) = |O(x, y) + R(x, y)|²

= |O|² + |R|² + O·R* + O*·R


「この第3項・第4項が“干渉項”であり、物体波Oの位相を含んだ構造が現れる。

この干渉縞がナノ〜ミクロン単位の回折格子として、記録材料に“凍結”される。」


【4】干渉縞に刻まれるもの


フクロウが言った。


「この1枚の干渉縞には、**三次元空間上の“すべての方向から見た光の情報”**が内包されている。

なぜなら、波面そのものを記録しているからだ。

これは、カメラでは決してできない。

カメラは2次元の投影しか写さない。」


ミナが息をのむ。


「じゃあこの模様が、“波の記憶”ってこと……?」


「その通りだ。」南条が答えた。

「この干渉縞は、物体の形や材質ではなく、“そこから来た光そのもの”を封じ込めている。

つまり、“存在の波”がそこにある。」


【5】記録材料の選択と精度


フクロウが展示台に並んだ素材を紹介した。

•銀塩感光材料(高分解能、微細干渉縞の記録が可能)

•フォトポリマー(高耐久、デジタル多波長対応)

•LCoS液晶パネル(動的ホログラム合成用)


「干渉縞の再現には、3000〜6000ライン/ミリ以上の解像度が必要。

つまり、電子回路では表現できない空間周波数が、ここに記録されている。」


リョウが言った。


「じゃあこの一枚に、“波そのものの世界”が丸ごと刻まれてるんだ……」


【6】哲学的な問い


南条が締めくくるように言った。


「カメラは、“像”を写す。

ホログラムは、“光”を写す。

そしてその光とは、“そこに存在していたもの”が空間に刻んだ波の記憶だ。」


フクロウが補足する。


「“見る”とは、“光に触れること”だ。

ホログラムは、“過去に存在した光”を、未来の空間に再構成できる唯一の方法。

だからこそ、これは記録ではなく、“再現”だ。」


講堂に光が戻った。

子どもたちの前に置かれた透明な板は、ただのフィルムのように見えた。

だがそこには、すでに波が記録されていた。

それは、空間の振動の記憶。

物体が“そこにあった”ことの、物理的な証明。


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