第180章 《光は波である》
講堂の照明が落ちた。
天井から吊られた細い線状の装置から、わずかに揺れる赤いレーザー光が床を横切っている。空気中の塵が、その直進する線にかすかに浮かんだ。
「君たちは、光を“目に見えるもの”だと思っているね。」
AI教師が静かに語り始めた。
その声は、教室全体に均等に広がるような柔らかさを帯びていた。
「けれど、それはほんの一部の“現れ”にすぎない。
光の本質は、“電磁波”という、揺れる場の振動だ。」
講壇に現れた映像は、シンプルな白い波。上下に揺れる一本の線が時間とともに進んでいく。
「この波は、何が揺れていると思う?」
ミナが手を挙げた。
「……光の粒、ですか?」
「半分正しい。光には粒としての性質もある。しかし、今日は“波”としての側面を見る。
この波の正体は、“電場”と“磁場”の振動だ。」
フクロウはマクスウェル方程式の簡略図を投影した。
電場(E)が上下に、磁場(B)が左右に、進行方向(z軸)と垂直に交差している。
「光は、“揺れる空間そのもの”なんだ。
真空中でも伝わるのは、“何かが運ばれている”のではなく、場が揺れ、その揺れが伝播しているということ。」
実験:二重スリットと干渉縞
南条が台の上に、小さなスリットを切った金属板とスクリーンを設置した。
「これから、光が本当に“波”であることを体験してもらおう。」
部屋がさらに暗くなり、赤いレーザーがスリットを通ってスクリーンに投影された。
そこに現れたのは――明暗の縞模様。
ケイが声を上げた。
「線が何本も……でもスリットは2つだけじゃ……?」
「これが“干渉”だ。」フクロウが答える。
「2つのスリットから出た光が、ある場所では“山と山”が重なって強まり、別の場所では“山と谷”がぶつかって打ち消しあう。
これこそが、**波の本質である“干渉性”**だ。」
スクリーンに映し出された縞模様に、青い補助線が重なる。
•白:強め合い(明帯)
•黒:打ち消し合い(暗帯)
「粒だったら、こんな縞模様はできない。
光が波である証拠が、ここにある。」
位相と“ズレ”の意味
フクロウが今度は、“波の山と谷”を色分けして表示した。
「ここで重要なのは、“いつ揺れるか”――つまり、“波の位相”だ。
干渉とは、“波のタイミングのズレ”を検出する現象なんだ。」
•同位相:山と山→強め合い
•逆位相:山と谷→打ち消し
「この“ズレ”の情報を、後で使うよ。
ホログラムでは、この“位相の違い”そのものを“記録”するからだ。」
なぜレーザーなのか?
ミナが質問した。
「でも、普通の光じゃダメなんですか? 懐中電灯とか……」
「いい質問だ。」
フクロウは太陽光のスペクトル図を投影した。
「白色光や懐中電灯の光は、いろんな波長が混ざった“非単色光”。
しかも、波がそろっていない=コヒーレンスが低い。
これでは“位相のズレ”を正確に記録できない。」
続けて、赤レーザーのスペクトル線が示された。
•FWHM(半値幅):0.01nm以下
•高い単色性(Monochromaticity)
•波の形が崩れず長距離にわたって維持される
「ホログラムには、極めて狭い波長帯の光(単色性)と、波の揃い方が不可欠。
それを可能にするのが、レーザーなんだ。」
光は空間を描く筆先である
フクロウは、スライドを閉じてこう言った。
「今日見てもらったように、光は“物を照らすもの”ではない。
空間そのものを“形づくる”波なのだ。
そして次章から君たちは、その波を記録し、再生する――“波の記憶装置”に触れることになる。」
南条が言った。
「それがホログラムだ。」
講堂の中央に、赤いレーザーが再び直線を描いた。
だが今、子どもたちはそれを“光の線”ではなく、“空間に刻まれた振動”として見ていた。