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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
2021/2200

第177章 《カメラと眼球の分かれ道》




講堂の片隅で、リョウは埃をかぶった古いデジタルカメラを磨いていた。

黒く、ずっしりとしたボディ。液晶画面は割れていたが、レンズはまだ生きているように見えた。


「先生、これ……動くかな?」


南条がカメラを手に取る。

「懐かしいな。EOS 5D Mark II。僕が現役だった頃のカメラだ。」


フクロウが反応した。


「面白い題材だ。今日は、“カメラと人間の眼は同じなのか”という問いで進めよう。」


ミナが首をかしげた。

「どっちも“光をとらえて像を作る”んだから、似てるんじゃないの?」


「構造は似ている。だが、本質はまったく違う。」フクロウが答えた。


第一項:構造の比較


壁に、眼球とカメラの断面図が並べて映し出される。

•眼球:角膜 → 水晶体 → 硝子体 → 網膜(錐体・桿体)

•カメラ:レンズ群 → CMOSセンサー → 画像処理回路


「人間の眼もカメラも、光を屈折させて平面上に像を結ぶ点では同じ。

だが――」

フクロウは網膜の構造を拡大した。

「網膜には1億を超える受容器があり、その多くが“桿体細胞”(明暗専用)だ。

色を感じる“錐体細胞”はわずか600万。しかも、黄斑部=中心視野に偏っている。」


「え、じゃあ人間の目って、全体は“モノクロ”ってこと?」ケイが驚いた。


「そう。周辺視野の大部分は“解像度が低く、色もほとんど感じない”。

私たちは“中心視野のわずか2度”を超高解像度で見ているにすぎない。」


第二項:処理の違い


フクロウはスライドを切り替えた。今度は、カメラのセンサー構造。

•CMOSセンサーは、全領域を均一にピクセル単位で受光し、ベイヤー配列でRGB情報を取得する。

•人間の眼は、中心しか詳細に受け取れず、しかも常に揺れ動いている。


「サッカード運動という、毎秒3〜4回の視線ジャンプがなければ、我々は“視界を固定できない”。

しかも、脳はその跳躍の“空白”を自動補完している。」


ミナが言った。


「それって、映画の“コマ落とし”みたいな?」


「近い。」南条がうなずいた。

「我々は“断片的にしか見ていない”のに、連続した世界を“見えている”と錯覚している。

カメラは“あるがままを写す”が、目は“意味のあるものしか写さない”。」


第三項:視覚と意味の生成


「君たちが“見ている”と思っているものの中には、“記憶”“予測”“注意”が含まれている。」

フクロウの声が少し低くなる。


「たとえば、教室の時計の数字を、すべて意識して見たことがあるか?」


誰も手を挙げなかった。


「脳は、“必要のない情報”を最初から捨てている。カメラはすべての光を記録するが、目は“選択された現実”しか映さない。」


リョウがぽつりとつぶやく。

「じゃあ……僕が見てる世界って、本当は“僕の都合で作られてる”のかも。」


南条が静かに答える。

「その通り。見るということは、“解釈する”ということだ。

カメラが真実を写すなら、眼は物語を編む。」


講堂に、フクロウが昔撮影したという風景写真が表示された。

山間に沈む夕陽、銀の川面、赤く燃える雲。


「これは、物理的には“画像”にすぎない。

でも、“君の眼”で見たなら、その色は“物語”に変わる。」


リョウはそっと、自分の目に手を当てた。


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