プロローグ 時の海を越えて
■ プロローグ:那覇沖・2025年4月1日 午前4時50分
東の海をわずかに染める黎明の光。
その海面に、突如として現れた鋼鉄の巨影は、すべての電子機器と記録装置を裏切るように、静かに航行していた。
——戦艦「大和」。
照合コードなし。レーダー反射断面異常。艦橋構造、主砲口径、排水量、すべてが一致していた。
それは、80年前に沖縄沖で轟沈したはずの亡霊だった。
護衛艦「まや」副長・永田三佐は、モニターに映し出されたその艦影を前に、言葉を失った。
周囲の隊員たちは戸惑い、訓練演出だの映像投影だのとざわつく。だが、彼は知っていた。
自分は、つい数秒前までこの大和の艦橋にいた。
昭和20年の沖縄で。
■ 各艦:記憶を持つ者/持たない者
護衛艦「いかづち」、潜水艦「そうりゅう」、護衛艦「むらさめ」など、日米合同訓練に参加していた海自艦艇。
各艦内では、ある者は冷静に業務に戻っていた。
「あと10分で演習ポイントです」「機関、定速回転維持中」
まるで、何事も起きていないかのように。
だが、その中に——確かに異物のような記憶を持つ者たちがいた。
彼らは知っていた。
1945年の沖縄で、“もう一つの戦争”を戦っていた記憶が、はっきりと頭に焼き付いていることを。
有馬艦長と握手したこと。
大和の砲撃で米駆逐艦を撃沈したときの衝撃。
空襲で仲間を失った夜。
そして、仲間の“戦死”。
だが、驚愕したのはその後だった。
「一緒にいたはずの者たち」が、誰一人として、その記憶を持っていなかった。
「昨日も一緒に食堂だったじゃないですか。え?昭和?何言ってんすか副長」
「その名前の隊員……いませんよ?最初から演習に参加してません」
——4ヶ月間ともに戦ったはずの彼らは、“最初から存在しなかったこと”になっていた。
それもそのはずだった。
彼らは、1945年の戦場で戦死していたのだ。
あるいは、大和に残り、光の渦に包まれなかった者たちだった。
その者たちには、記憶さえ残っていない。
■ 大和艦内:未来に来た乗員たち
「主砲の砲耳に裂け目なし。機関部、回転安定……応答あり」
戦艦大和の艦橋では、乗員たちが動き出していた。
その中に、異様な沈黙を抱えた男たちがいた。
「……見たことがある。この空の色、この艦影……」
砲術補佐・江上大尉は、誰にも聞こえぬように呟いた。
彼の記憶は、明瞭だった。
海自の副長と並んでFCSを調整した日。
現代の無人機に指示を出した日。
未来の兵たちと共に、地獄をくぐり抜けた、4ヶ月間の記憶。
彼だけではなかった。
機関科・成瀬兵曹も、主缶の異音に指を滑らせながら言った。
「……あの女三尉に、ジェットの仕組みを教わった。名前は……斎藤、だったか……」
彼らは気づいていた。
自分たちが、“未来の時代に連れてこられた”のだ。
あの夜、再び光の渦が艦を包んだ瞬間——艦体とともに、現代へと放り出された。
■ 時の境界線に立つ者たち
いま、大和は2025年の那覇沖に存在している。
それは、幻でも、訓練でもない。
実在し、航行し、かつて沈んだはずの艦が、“ここにある”。
記憶を持つ者たちは、互いの存在をまだ知らない。
しかし、必ず交錯する。
なぜなら彼らは——
「同じ戦場で戦った者たち」だからだ。
時間を超え、歴史を超えて、
記憶だけが、その事実を証明している。