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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1
202/2216

プロローグ 時の海を越えて


■ プロローグ:那覇沖・2025年4月1日 午前4時50分


東の海をわずかに染める黎明の光。

その海面に、突如として現れた鋼鉄の巨影は、すべての電子機器と記録装置を裏切るように、静かに航行していた。


——戦艦「大和」。


照合コードなし。レーダー反射断面異常。艦橋構造、主砲口径、排水量、すべてが一致していた。

それは、80年前に沖縄沖で轟沈したはずの亡霊だった。


護衛艦「まや」副長・永田三佐は、モニターに映し出されたその艦影を前に、言葉を失った。

周囲の隊員たちは戸惑い、訓練演出だの映像投影だのとざわつく。だが、彼は知っていた。

自分は、つい数秒前までこの大和の艦橋にいた。

昭和20年の沖縄で。


■ 各艦:記憶を持つ者/持たない者


護衛艦「いかづち」、潜水艦「そうりゅう」、護衛艦「むらさめ」など、日米合同訓練に参加していた海自艦艇。


各艦内では、ある者は冷静に業務に戻っていた。

「あと10分で演習ポイントです」「機関、定速回転維持中」

まるで、何事も起きていないかのように。


だが、その中に——確かに異物のような記憶を持つ者たちがいた。


彼らは知っていた。

1945年の沖縄で、“もう一つの戦争”を戦っていた記憶が、はっきりと頭に焼き付いていることを。

有馬艦長と握手したこと。

大和の砲撃で米駆逐艦を撃沈したときの衝撃。

空襲で仲間を失った夜。

そして、仲間の“戦死”。


だが、驚愕したのはその後だった。

「一緒にいたはずの者たち」が、誰一人として、その記憶を持っていなかった。


「昨日も一緒に食堂だったじゃないですか。え?昭和?何言ってんすか副長」

「その名前の隊員……いませんよ?最初から演習に参加してません」


——4ヶ月間ともに戦ったはずの彼らは、“最初から存在しなかったこと”になっていた。


それもそのはずだった。


彼らは、1945年の戦場で戦死していたのだ。

あるいは、大和に残り、光の渦に包まれなかった者たちだった。


その者たちには、記憶さえ残っていない。


■ 大和艦内:未来に来た乗員たち


「主砲の砲耳に裂け目なし。機関部、回転安定……応答あり」


戦艦大和の艦橋では、乗員たちが動き出していた。

その中に、異様な沈黙を抱えた男たちがいた。


「……見たことがある。この空の色、この艦影……」

砲術補佐・江上大尉は、誰にも聞こえぬように呟いた。


彼の記憶は、明瞭だった。

海自の副長と並んでFCSを調整した日。

現代の無人機に指示を出した日。

未来の兵たちと共に、地獄をくぐり抜けた、4ヶ月間の記憶。


彼だけではなかった。


機関科・成瀬兵曹も、主缶の異音に指を滑らせながら言った。

「……あの女三尉に、ジェットの仕組みを教わった。名前は……斎藤、だったか……」


彼らは気づいていた。

自分たちが、“未来の時代に連れてこられた”のだ。

あの夜、再び光の渦が艦を包んだ瞬間——艦体とともに、現代へと放り出された。


■ 時の境界線に立つ者たち


いま、大和は2025年の那覇沖に存在している。

それは、幻でも、訓練でもない。

実在し、航行し、かつて沈んだはずの艦が、“ここにある”。


記憶を持つ者たちは、互いの存在をまだ知らない。

しかし、必ず交錯する。

なぜなら彼らは——


「同じ戦場で戦った者たち」だからだ。


時間を超え、歴史を超えて、

記憶だけが、その事実を証明している。

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