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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
2016/2172

第172章 見ること


山間に白く霧が立ちこめていた。

四国の奥深く、林道を潜った先に、苔むした防空壕のようなコンクリートの入口がある。

その地下には、かつて気象観測所だったトンネルを改装した空間が広がっている。


それが、新寺子屋《第零分校》。


冷たい空気を押し分けて、十人ほどの子どもたちが、静かに教室に集まっていた。

長机、壁一面の黒板、そして宙に浮かぶ卵型のホログラフィック端末。


それが、AI教師フクロウだった。


「見るとは、どういうことか?」


朝のチャイムが鳴ると同時に、フクロウの声が響いた。

それは生物の声に近いようで、どこか無機質でもある。不思議な質感だった。


「今日、君たちに最初に問うのは――**『見るとは、どういうことか?』**ということだ。」


ミナが手を挙げる。


「目で見る……ってこと?」


フクロウが少しだけ瞬きをするように、光を揺らした。


「よい。だが、君たちは“目で見る”ことが、どうやって成り立っているかを知っているだろうか?」


【1】光が物体を“照らす”だけでは不十分


壁に投影されたのは、一枚の木の葉の写真。

それにレーザー光が当たると、影ができ、輪郭が際立った。


「光は物体に当たると、いくつかの経路をとる。」


フクロウの言葉に合わせて、図が変化していく。

•一部の光は吸収され、熱に変わる(葉があたたかくなる理由)

•一部の光は反射する(これが“見える色”)

•透明なものは光を通す(屈折=進行方向が曲がる)


リョウが質問する。


「じゃあ、“見える”って、反射してきた光を見てるの?」


南条が静かに歩み出て、レーザーの当たった黒板を指差した。


「その通り。私たちは、物体そのものを見ているのではない。

物体に反射した“光”を見ている。

たとえば、黒い物体は、ほとんど光を吸収してしまうから、あまり見えない。

白い紙は、光を多く反射するから、明るく見える。」


【2】光が目に届いて初めて“像”が生まれる


フクロウが続けた。


「反射した光が目に届くまで、君たちは何も“見ていない”。

では、目の中では何が起きているか?」


ホログラムが眼球の断面図を浮かび上がらせる。

•角膜:外から入る光を最初に屈折させるレンズ

•水晶体:焦点を合わせる調節レンズ

•硝子体:光を通して、網膜へ導く透明なゲル状空間

•網膜:光を受け取る“センサー”


ケイが言う。


「つまり、目って……カメラと一緒?」


「よく観察している。」

フクロウが頷く。


「しかし、カメラは“映像”を記録するだけ。

目は“意味ある像”を構築する。

その違いが、次の話につながる。」


【3】“網膜”はセンサーであり、翻訳者でもある


ホログラムには、網膜の細胞がズームで映し出された。

•錐体細胞(色を感じる、主に明るい場所で働く)

•桿体細胞(明暗・動きに敏感、夜間に活躍)


「光が網膜に届くと、それは電気信号に変換され、視神経を通って脳へ送られる。

だが――その時点では、まだ“見ている”わけではない。」


ミナが聞き返す。


「え、でも光が目に入ったら、見えてるんじゃ……?」


南条が静かに言った。


「いいや。君が“見ている”のは、“脳が解釈した結果”だ。」


【4】視覚は“入力”ではなく、“構築”である


フクロウが静かに語る。


「君たちは“網膜に写った像”を見ているのではない。

脳はそれを切り取り、補完し、意味づけし、像を“作っている”。」

•中心視野は高解像度だが、周辺はぼやけている

•目は1秒に3〜5回、細かく動いて視界をスキャンしている

•動いているのに、私たちは“止まった世界”を見ているように感じる


「つまり、私たちは、“脳が作った幻像”を“現実”として見ている。

“見る”とは、ただの感覚ではない。**“構築された世界”なのだ。」

 

ミナが小さくつぶやいた。


「……じゃあ、私が毎日見てる世界は、

本当は、私の脳が勝手に作ってるのかもしれない……?」


フクロウが柔らかく返す。


「そう。

でも、その“勝手な構築”こそが、“現実”として君を支えている。」


結び:見ることは“世界を再構成すること”


チャイムが鳴る直前、フクロウが言った。


「今日から、君たちは“見えるもの”を疑い、“見えないもの”に耳を澄ませていく。

視覚とは、光ではない。脳でもない。

それは“知ろうとする意志”が生み出す、最初の物語なのだ。」


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