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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
2015/2235

第171章  時間のスケール ― 永遠と瞬間のあいだ



 夕暮れ。

 寺子屋の障子越しに、橙色の光が差し込んでいた。

 Ω教授は窓際に立ち、沈む太陽を指さした。


 「さて、今日は“時間”の話をしよう。

  この太陽を見ている今――君たちは、“過去の光”を見ている。」


 教室がざわめく。

 「太陽の光がここに届くまで、約8分19秒。

  つまり君たちが“今”と呼んでいるものは、すでに過ぎ去った瞬間だ。」


Ⅰ. 相対時間 ― アインシュタインの時計


 教授は黒板に二つの線を描いた。

 一方には「地球上の観測者」、もう一方には「光速に近い宇宙船」。

 その間に「Δt(時間のずれ)」と書く。


 「アインシュタインは言った。

  “時間は、観測者の速度によって変わる”。

  もし君たちが光速の99%で動く宇宙船に乗ったら、

  地上の10年が、君たちにはわずか数分に感じられるだろう。」


 生徒が手を挙げる。

 「先生、それってつまり……“永遠”って相対的なんですか?」


 教授は頷いた。

 「そう。永遠は“時間を測る存在”がいる限り、比較としてしか存在しない。

  宇宙のスケールにおいて、“今”という言葉はきわめて人間的なんだ。」


Ⅱ. 時間の持続 ― ベルクソンの流れ


 教授はノートを閉じ、手を組んで語り出す。

 「哲学者アンリ・ベルクソンは、“時間を空間のように分割してはいけない”と考えた。

  彼にとっての時間――それは“流れる意識”そのものだ。」


 黒板に再び書かれる。


 > 物理の時間:区切られた点の連なり

 > 意識の時間:途切れぬ流れ(持続 la durée)


 「ベルクソンのいう“持続”とは、

  心の中で過去と現在が連続している感覚だ。

  それは時計では測れない時間――

  “音楽の旋律”のように、流れる全体でしか感じられない。」


 教授はピアノの横に歩み寄る。

 先ほどの生徒が再び鍵盤を叩いた。

 一つひとつの音は離れている。

 だが、人はそれを“メロディー”として聴く。


 「時間とは、音と音のあいだを意味として繋ぐ力だ。

  それが意識の本質であり、知性のリズムなんだ。」


Ⅲ. 刹那 ― 仏教が見た時間の粒子


 外の光が薄れ、教室に静けさが戻る。

 教授は蝋燭に火を灯した。

 小さな炎が揺れ、その影が壁を流れる。


 「仏教では、“一刹那”を10のマイナス43秒――

  プランク時間よりも短い“存在と消滅の単位”と捉える伝統もある。」


 生徒たちは目を丸くする。


 「つまり、宇宙も意識も、

  “連続ではなく断続”の連鎖として存在している可能性がある。

  生まれては消える“刹那”の連なり――

  それが、我々が“生きている”と感じる現象かもしれない。」


 教授はゆっくりと、蝋燭の火に息を吹きかけた。

 炎がゆらめき、一瞬だけ明るくなり、静かに消えた。


 「――永遠とは、この一瞬の中にしか存在しない。」


Ⅳ. 永遠と瞬間の交差点


 講義の最後、教授は板書をまとめた。


 > 時間の三つの顔:

 > ① 物理の時間(相対性)

 > ② 意識の時間(持続)

 > ③ 存在の時間(刹那)


 「この三つは、互いに矛盾しているようで、実は補い合っている。

  “観測者”が存在する限り、時間は多層的なんだ。」


 生徒の一人が呟いた。

 「……じゃあ先生、時間の外側に行くことはできますか?」


 教授は笑った。

 「誰も、“時間を観測しない”状態にはなれない。

  だが――音楽の最中に“時間を忘れる”瞬間があるだろう?

  あれが、知性がスケールを超えるほんの一瞬の跳躍なんだ。」


 外に出ると、夜の帳が下りていた。

 西の空に一番星が光る。

 その光は、数十年、あるいは百年前の過去から届いたもの。


 だが、生徒たちはその星を**“今”**として見ていた。

 永遠と瞬間が、ほんの束の間、重なり合う――。


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