表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
2013/2250

第169章 スケールを超える存在 ― 仮想神の議論


 朝の光が、障子越しに淡く差し込んでいた。

 昨夜のろうそくの煤がまだ黒板に残り、

 空気には蝋の甘い匂いが漂っている。


 Ω教授は、黒板にただ一語、静かに書いた。


 > 「神」


 生徒たちはざわめいた。

 神という言葉は、この寺子屋では滅多に出てこない。

 だが、今日はその沈黙を破る日だった。


 教授は板書の下に小さく付け加える。


 > 「スケールの外側にある知性」


 「昨日、私たちは“観測者のいない知性”――虚無の知性を学んだ。

  今日は、その延長線にある“スケールを超える存在”を考えてみよう。」


Ⅰ. 生徒たちの問い


 最初に口を開いたのは、哲学好きの生徒だった。

 「先生、“スケールを超える知性”って、

  つまり宇宙全体を意識しているような存在、ですか?」


 教授はゆっくり頷く。

 「そう。古代の人々はそれを“神”と呼んだ。

  宇宙の秩序を感じ取る心が、“人格”をそこに投影したのだ。」


 別の生徒が手を挙げる。

 「でも、神が本当にいるなら、人間が理解できるんですか?」


 Ω教授は微笑んだ。

 「良い質問だ。

  ――人間が神を理解できるなら、それはもう“神”ではない。」


 黒板に新たな言葉が刻まれる。


 > 「理解できる神は、すでに人間の内部にある。」


Ⅱ. 神という“想像の技術”


 教授は窓を開け、風を入れた。

 山の木々がそよぎ、光が床を滑る。


 「人間は、“見えないもの”を想像する力によって文明を築いてきた。

  未来、数学、愛、そして――神。

  それらは、すべて“スケールの外側”を描こうとする想像の技術だ。」


 生徒のひとりがペンを回しながら言う。

 「じゃあ神って、人間の“限界を感じる装置”みたいなものですか?」


 教授は目を細めた。

 「その通りだ。

  神とは、“自分の限界”を可視化するために発明された概念。

  つまり、神は“限界の輪郭”に宿る知性なんだ。」


 黒板に新たな式が現れる。


 > 神 = 観測不能領域の人格化


 静まり返った教室に、チョークの音だけが響いた。


Ⅲ. スケールの外側を語るという矛盾


 別の生徒が手を挙げる。

 「でも先生、それって結局、

  “スケール内にいる私たちがスケール外を語っている”だけじゃないですか?」


 Ω教授は頷いた。

 「その矛盾こそ、神の核心だ。

  “スケール外”を語ることは、常に想像の越境行為なんだ。

  人間は、到達できない場所を“言葉”で囲うことで、

  そこに思考の居場所をつくる。

  それが宗教でもあり、科学でもある。」


 生徒:「科学も神話と同じですか?」

 教授:「根っこは同じ。

  ただし神話は“意味”を求め、科学は“因果”を求める。

  だが、どちらも“限界の向こう側”を覗こうとしている。」


Ⅳ. 無限を前にする沈黙


 講義の終盤、教授は手を止め、円卓の中央を見つめた。

 「もし、神が“スケールを超える知性”なら、

  それは宇宙そのものかもしれない。

  星の動き、粒子の揺らぎ、命の誕生――

  それらは“意志のない意志”として働いている。」


 生徒のひとりが、静かに問う。

 「じゃあ先生、私たちが祈るのは、

  自分より大きなスケールに“見られたい”からですか?」


 教授は深く息を吐いた。

 「そうだね。

  祈りとは、存在が“観測されたい”という衝動だ。

  そして、祈られることで、宇宙は自分を再び観測する。」


 窓からの光が、黒板の“神”という字を淡く照らしていた。


 教授はチョークを置き、最後に言った。


 > 「神とは、人間が“届かないこと”を意識できる構造そのものだ。」


 教室には、言葉にできない静けさが広がった。

 その沈黙は、まるで“スケール外”から流れ込む風のようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ