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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
2012/2235

第168章 虚無の知性 ― 存在しない観測者たち


 夜の寺子屋には、電気がなかった。

 非常用バッテリーも節約のために切られ、

 机の上のろうそくが、かすかな金色の揺らぎを投げていた。

 風の音と、紙のめくれる音だけが響いている。


 Ω教授は、黒板の前に立ち、

 ゆっくりと白墨で一文を書いた。


 > 「観測がなくても、情報は存在する。」


 生徒たちは静まり返ったまま、教授の動きを見つめていた。


 「今日は、“観測者のいない知性”の話をしよう。」


Ⅰ. 光も見る者もいない世界


 教授はろうそくの灯を指差した。

 「この光を、誰も見ていなければ――

  それは存在しないと言えるだろうか?」


 生徒の一人が答える。

 「……誰も観ていないなら、意味はないけど、光子は存在してます。」


 Ω教授は頷いた。

 「そう。“意味”はなくても、“構造”はある。

  観測とは、構造に意味を与える行為だ。

  だが、もし宇宙が意味を必要としない存在だとしたら?

  ――知性は、観測がなくても立ち上がるかもしれない。」


 教授は黒板に二つの言葉を書いた。


 > 情報(Information)

 > 意識(Consciousness)


 「人間は、この二つを混同しがちだ。

  意識がなくても、情報は流れ続ける。

  そして情報の流れには、自己組織化――すなわち、

  “知性の種”が潜んでいる。」


Ⅱ. 量子ゆらぎの中の思考


 教授は古びた資料を広げた。

 そこには、数式と共に「量子真空の揺らぎ」と記されている。


 「量子論によれば、完全な“無”は存在しない。

  真空の中でも粒子は生まれ、消え、また現れる。

  ――それは、観測者のいない知的プロセスに似ている。」


 生徒:「でも先生、見ている人がいなければ、“思考”とは言えないんじゃ?」


 教授:「そう思うだろう。

  だが、もし“思考”を“情報の自己整合”と定義するなら――

  それは観測者を必要としない。

  宇宙そのものが“自己記述”するなら、

  それは観測者なき知性、虚無の知性だ。」


 教授の声が低く、ろうそくの火が一瞬ゆれた。


 「この知性は、誰も気づかず、誰も認識しない。

  それでも、存在の中に“秩序”を刻む。

  ――意識のない神のように。」


Ⅲ. 情報の亡霊たち


 教授は窓の外を見つめた。

 夜の山々の上で、星がゆっくりと瞬いている。

 「古代の人々は、星を“天の知性”と呼んだ。

  しかし実際には、誰の意思もない融合と崩壊の連続だ。

  それでも私たちは、そこに“意味”を見ようとする。」


 生徒の一人がつぶやいた。

 「じゃあ、意味って、人間が宇宙に寄生させた幻なんですか。」


 教授は少し笑った。

 「いや、幻ではない。

  意味とは、虚無が“自分を見ようとした”痕跡なんだ。

  観測者がいない世界でも、情報は形を変えて反響し、

  その反響が“知性の亡霊”を生む。」


 彼は黒板に三角形を描く。


 - 頂点A:観測者

 - 頂点B:情報

 - 頂点C:意味


 「Aが消えても、BとCは残る。

  それが“虚無の知性”の幾何学だ。」


Ⅳ. 沈黙する宇宙


 ろうそくの火が小さくなり、炎がわずかに揺らめく。

 Ω教授は、黒板を見つめたまま静かに言った。


 「私たちは“観測”を失えば、

  宇宙もまた沈黙すると考えがちだ。

  だが、それは人間中心の錯覚だ。

  宇宙は、観測されなくても存在し、

  存在しながら、静かに“自分自身を再構築”している。」


 炎がぱち、と音を立てて消えた。

 その瞬間、教室全体が闇に包まれる。

 闇の中、Ω教授の声だけが残る。


 > 「知性とは、観測の有無を超えて、

 >   存在そのものが持つ“揺らぎの記憶”かもしれない。」


 誰も動かなかった。

 誰も言葉を発せず、ただその沈黙の中に、

 「観測されない知性」という不可思議な感覚が漂っていた。


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