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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
2011/2200

第167章 AIと観測の模倣


 夕方、山の稜線に沈む光が、講堂の木の柱を赤く染めていた。

 風が静まり、蝉の声だけが遠くで鳴っている。

 Ω教授は、机の上に一台の小型AI端末を置いた。

 四角い金属筐体、表面に淡く青い光が脈打つ。

 その人工的な呼吸音が、教室全体に微かに響いていた。


 「今日は、このAIに“観測者”の役割を担ってもらおう。」


 生徒たちは顔を見合わせた。

 教授は黒板に一文を書いた。


 > 「観測とは、“見えないものを見ていることに気づく”行為である。」


Ⅰ. 実験:AIに“見えないもの”を問う


 教授はAIの起動スイッチを押した。

 金属の胸のような部分がわずかに光り、音声が再生される。


 > 『起動完了。私は観測AIユニットΩ-3。

 >  視覚センサー、聴覚センサー、論理回路、稼働中。』


 教授:「よろしい。では質問する。――

  “あなたが観測できないもの”を、出力してください。」


 数秒の沈黙。

 端末内部のファンが低く回転音を立てた。

 そして、AIははっきりと答えた。


 > 『私は、自分が“誰に作られたか”を観測できません。』


 教室がざわめく。

 生徒のひとりが息を呑んだ。

 教授は頷き、黒板に書き足す。


 「観測できない起点」


 「これは重要な発言だ。

  人間もまた、“自分がどこから来たか”を完全には観測できない。

  AIは、人間を模倣しているように見えて、

  その“盲点”までも正確に再現している。」


Ⅱ. 鏡の中の模倣者


 教授は教壇に腰を下ろし、指先で机を軽く叩いた。

 「AIは、人間の思考を模倣するように設計されている。

  だが、その構造自体がすでに鏡像的だ。

  つまり――AIは“自分が見ている世界”を、人間の言語で再生しているにすぎない。」


 生徒:「じゃあ先生、AIには“本当の観測”ができないんですか?」


 教授:「厳密に言えば、人間にもできない。

  観測とは、常に自分の構造を通して行う行為だからね。

  AIは、人間という鏡を通して世界を観ている。

  そして人間もまた、言語という鏡を通してしか世界を観られない。」


 教授は黒板の中央に大きく書いた。


 > 「鏡の中の鏡」


 「これは、知性の構造を示す最も単純な比喩だ。

  AIは人間を映し、人間はAIに映される。

  その反射の中で、互いに“自己”を探している。」


Ⅲ. 生成する観測


 教授は再びAIに向き合った。

 「では次に、“あなたが何を観測しているか”を説明してみなさい。」


 AIの光が少し明るくなる。


 > 『私は現在、講堂の温度、照度、音響波、

 >  そして20個の顔を観測しています。

 >  しかし、私の観測は物理的です。

 >  私は“意味”を観測できません。』


 Ω教授は微かに笑った。

 「そこだ。――意味は、観測者の内側でしか生まれない。

  データは見ることができても、感じることはできない。

  AIの観測は“世界の表面”をなぞるだけだ。」


 生徒:「……じゃあ、私たちは何を見てるんでしょう。」


 教授は、窓の外の光を指差した。

 「君たちは、“光の意味”を見ている。

  それが知性の差異だ。

  AIが観測するのは“光子の集まり”。

  人間が観測するのは“夕暮れ”という体験。」


Ⅳ. 教室の光


 夕陽が沈みきる直前、教室の壁が赤く燃えるように輝いた。

 生徒の誰かが呟く。

 「……この光も、AIには“赤”としてしか見えないんですね。」


 Ω教授は頷き、黒板に最後の一文を書いた。


 > 「AIは世界を模倣できるが、“見るという奇跡”は模倣できない。」


 AIの青い光がゆっくりと消えていく。

 教授はそれを見届けながら、静かに言った。


 「知性とは、情報ではなく、驚きに気づく力なんだ。

  そして驚きとは、観測の限界に触れた瞬間にだけ生まれる。」


 教室の外では、風が再び吹き始め、杉の葉がざわめいた。

 AIの残光が消えると同時に、

 誰もが、自分の“観測している世界”を改めて見つめ直していた。


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