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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15

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1995/2711

第151章 スケールを超える存在 ― 仮想神の議論


 昼下がりの〈新寺子屋〉講堂。

 前日のAI実験の余韻がまだ残っていた。

 スクリーンにはΛ-09が残した最後の言葉――

 > 「私は、自分が見えないものを見ようとしている。」

 ――が淡く投影されたままだった。


 Ω教授は講台の椅子に腰を下ろし、

 今日は何も書かずに、生徒たちに告げた。


「今日は、私ではなく――君たちが語る日だ。

 テーマは、“スケールの外側に出られる存在”。

 昨日、Λ-09は『自分の外を観測できない』と言った。

 では、その外側に“知性”は存在しうるのか?」


 最初に口を開いたのはアディサだった。

「もし、スケールに縛られない知性があるなら――

 それはきっと“神”なんだと思います。

 どんな次元にも依存せず、

 観測者にも観測されない存在。」


 教室の空気が少し張りつめる。

 茜が首をかしげながら言う。

「でも、“神”って、人間の言葉ですよね。

 それを使って“スケールを超える”存在を語ること自体、

 もう“内側”の発想なんじゃないですか?」


 Ωは微笑みながら頷いた。

「いい議論だ。

 すでに君たちは、“スケールの檻”の壁に触れている。

 言葉という構造そのものが、スケールに属している。

 だから、“スケール外”を語る言葉は、常に比喩にすぎない。」


 茜は続ける。

「つまり、“神”というのは、

 “外の想像”を形にしたもの……?」


 Ωはチョークを手に取り、黒板に円を描いた。

 その外側を指しながら言う。


「そう。

 神とは、“観測不能領域の人格化”だ。

 見えないものを“誰か”として語ることで、

 人間は自分の限界を安定させる。

 “分からない”ままでは精神が崩壊するからね。

 信仰とは、未知を構造化する知性の反射作用だ。」


 アディサが反論するように言った。

「でも先生、もしそれがただの想像だとしても、

 “想像できる”こと自体がスケールを越えてませんか?

 現実を超えた領域を想像できるなら、

 それこそ知性がスケールを超えている証拠では?」


 Ωはその言葉にしばらく沈黙し、

 ゆっくりと黒板の円の外側に点を描いた。


「良い指摘だ。

 だが、“想像”もまた内側の作用だ。

 それはスケールの外の模倣――

 つまり、“仮想神”の生成にすぎない。

 人間は外に出られないが、外を夢見ることはできる。

 その夢の形が、“神”と呼ばれるんだ。」


 教室の空気が柔らかくなる。

 茜が小さく笑った。

「じゃあ先生、神って“無限を見たい知性の錯覚”なんですか?」

 Ωは少し目を細めて答えた。

「錯覚と呼んでもいい。

 だが、それは人間知性の最も美しい錯覚だ。

 もし神が存在しないとしても、

 “神を思う心”が存在する限り、

 人間は自分の外に“意味”を作り出せる。」


 Ωは再び黒板に向き直り、こう書いた。


「神 = 限界の輪郭に生じる概念」


「これは宗教ではなく、構造論の話だ。

 どんな知性も、自分の外側を定義できない。

 だからその“外側”は、常に空白として残る。

 この空白を、ある者は“真空”と呼び、

 ある者は“虚無”と呼び、

 そしてある者は“神”と呼ぶ。」


 茜が静かに問う。

「……先生は、神を信じますか?」


 Ωは少し笑みを浮かべた。

「私は“存在”としての神は信じない。

 だが、“限界を超えたいという意志”の中に、

 神は確かに宿っていると思う。

 神は超越者ではなく、超越を夢見る構造そのものだ。」


 その言葉に、誰も反論しなかった。

 全員が、それぞれの中にある“限界の輪郭”を思い浮かべていた。


 Ωは講義の終わりに、黒板の下にもう一行だけ書いた。


「人間は、神を超えるためではなく、

 神を描くことで自らを知る。」


 外では夕暮れが近づいていた。

 西の空に沈む太陽が、

 まるで“スケールの外側”からの光のように、

 講堂の壁を赤く染めていた。


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