第135章 原理への回帰 ― 人間だけの力
夕陽が傾き、教室にオレンジ色の光が差し込んでいた。黒板に残された「点・線・円」という文字が赤く染まり、まるで古代から今へと続く一本の道標のように浮かび上がっている。
先生〈オルフェウス〉はしばし黙ってから、チョークでその三つの言葉をゆっくりと囲んだ。
先生:「さあ、ここまで話してきたけれど、最後にもう一度だけ問い直そう。AI時代に、なぜ僕たちは“点・線・円”のような原理を学ぶのか。」
■ AIの力と限界
先生:「AIは、膨大なデータから最適な答えを導くことができる。方程式も、シミュレーションも、自然現象の予測も――人間よりはるかに早く、正確に処理する。
でもAIには決定的にできないことがある。それは“前提を疑う”ことだ。」
先生は黒板に「π = 3.14159…」と書き、その下に「なぜ?」と大きく丸を描いた。
先生:「AIに『なぜ円周率はこの値になるのか?』と問えば、“円の周と直径の比だから”と答えるだろう。でも、その問い自体を考えつき、検証し、世界を変える物語に仕立てたのは人間だった。」
■ 原理を遡る意味
先生:「“点”は『ここにある』という存在の印。
“線”は『結ぶ』という関係の表れ。
“円”は『循環する自然』の象徴。
これらをただの図形として学ぶのではない。人間が世界をどう切り取り、どう意味づけたかを学ぶんだ。
それを知らなければ、AIの出す答えに意味を与えることも、新しい問いを投げることもできない。」
■ 生徒の気づき
静まり返った教室で、小学生Aがぽつりと呟いた。
生徒A:「じゃあ、この授業って……AIに勝つための勉強なんですか?」
先生は首を振り、柔らかく笑った。
先生:「勝つためじゃない。共に未来をつくるためだよ。
AIは計算と処理を担う。人間は“問いと意味”を担う。
もし未来に新しい次元や未知の宇宙を理解しようとするなら、その最初の一歩は、やっぱり“点と線”に立ち返ることになる。」
■ まとめ ― 原理への回帰
先生:「だから僕たちは原理を学ぶ。
•AIの時代だからこそ、“問い直す勇気”を持つために。
•人類史を遡ることで、“未来を開く材料”を得るために。
•そして、点・線・円のような最初の物語に戻ることで、“新しい概念”を生み出す力を養うために。
これが人間だけの力だ。AIがいくら進歩しても、この役割は奪えない。」
■ 結びのシーン
窓の外、夕空に丸い月が昇り始めていた。太陽と入れ替わるように、もうひとつの円が夜の世界を照らす。
高校生Bがその月を見上げて言った。
生徒B:「……円って、ほんとに“空と地をつなぐ橋”なんだな。」
大学生Cが静かに頷いた。
生徒C:「AIが未来を計算するなら、僕らは未来の意味を描くんだ。」
小学生Aも、さっきより大人びた声で言葉を足した。
生徒A:「じゃあ、僕たちはAIと一緒に、新しい“円”を描いていけるんですね。」
先生は満足げに微笑み、黒板の「点・線・円」の丸をさらに大きく広げた。
その丸は教室いっぱいに広がり、生徒たちの心の中に刻まれていった。