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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1966/2229

第122章  地方政治家(東京→長野→国連交渉団)




 長野県佐久市の市議会議員だった田嶋浩二(五十二歳)は、東京壊滅直後から地元に流入する数千人規模の避難民を調整する役割を担っていた。体育館や廃校を改造した避難所の現場で、怒る地元住民と必死に生きようとする避難民との間に立ち続ける日々。胃薬を欠かせず、夜は自宅の机でため息をつくしかなかった。


 やがて政府は大阪へ移転し、国外避難プログラムが本格化する。国連との交渉が急がれる中、「地方で現場を知る人材を派遣せよ」という声が上がり、田嶋に白羽の矢が立った。突然の任命に彼自身も驚いた。だが、避難所で泣く母親や怒号を飛ばす農家の顔が脳裏に浮かび、「現場の声を国際舞台に届けるのが自分の役目だ」と腹を括った。


 ジュネーブの国連本部に到着したとき、田嶋は場違いな感覚に襲われた。スーツは古びており、通訳を介さなければ議論に加われない。周囲には各国のベテラン外交官が並び、彼らは冷静に数字と政策を語る。しかし田嶋の頭にあるのは、避難所の床に敷かれた段ボールと、泣き叫ぶ子どもの声だった。


 「日本は国外に五十万人規模の避難民を送り出すことになる。受け入れ枠をどう確保するのか」

 議場で問われたとき、田嶋は震える声で答えた。

 「数字だけでなく、人の顔を見てほしい。母親が子を守るために必死に列に並び、農家が自分の米を差し出しても支えられない現実がある。どうか、彼らを『数』ではなく『人間』として受け止めてほしい」


 発言は会場を静まり返らせた。形式ばかりの議論に疲れ切っていた各国代表の心に、小さな衝撃を与えたのだ。


 その後の交渉は容易ではなかった。欧州各国はすでにウクライナ難民を受け入れており、「これ以上は不可能」と突っぱねる国も多かった。田嶋は資料を抱え、各国代表を一人ひとり訪ね歩いた。拙い英語で必死に説明し、ときに涙ながらに「日本人もまた、難民となった」と訴えた。


 ある夜、ホテルの部屋で独り机に突っ伏し、ふと思った。自分はただの地方議員だったはずだ。なぜ今、世界の舞台で国の未来を背負っているのか。だがすぐに、長野の避難所で母親に言われた一言が蘇った。「議員さん、お願いします。私たちを見捨てないで」。あの声こそが、自分をここに立たせているのだ。


 数か月後、国連は「日本国外難民支援枠」を正式に承認した。ドイツ、カナダ、フィリピン、オーストラリアなどが受け入れを表明し、数万人規模の移送計画が始まった。田嶋は議場で深く頭を下げた。だが胸の奥には重いものが残った。――これは「成功」ではなく、祖国が壊れ、同胞を国外に送らざるを得なくなった現実の証なのだ。


 帰国後、田嶋は長野の山間で一息ついた。稲穂の波が風に揺れる光景を見つめながら思った。自分が守ろうとしたのは、この風景と、人の暮らしだった。国連での交渉は終わっても、難民たちの苦難はこれから続く。


 「政治とは結局、人を見捨てるかどうかだ」

 その言葉を胸に刻み、田嶋は再び人々のもとへ歩み出した。地方政治家であろうと、国際舞台に立った人間であろうと、彼の使命は変わらなかった。――人を見捨てないこと。それだけが、彼を支える唯一の信念だった。


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