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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1952/2311

第108章 北朝鮮編:亡命政権に従属する避難民の姿




 中国東北部の瀋陽郊外。そこに設けられた「朝鮮人民避難者収容区」は、高い鉄条網に囲まれていた。外から見れば難民キャンプだが、内部の掲示板には大きく「祖国再建のための臨時拠点」と書かれ、赤旗がはためいていた。


 逃れてきた北朝鮮の人々は、ただ生きるためにここへ辿り着いた。しかし、彼らの運命を決めるのは自らではなかった。すでに中国政府は北朝鮮亡命政権を「正統な代表」として庇護し、その下での生活を避難民に強いていたのだ。


 五十歳の農民、チェ・スンホはその一人だった。飢えと爆撃から逃げ延び、妻と孫を連れて国境を越えたとき、「生き残った」という安堵と同時に、胸の奥に奇妙な恐怖が芽生えた。――ここでは、祖国と同じ体制が続いている。


 避難区では毎朝、拡声器から「指導者の訓示」が流れた。亡命政権の幹部たちは軍服姿で現れ、住民に向かって「祖国解放の日まで耐えよ」と演説を繰り返した。食糧配給はカード制で、秩序を乱せば削減される。人々は列を乱さず並び、無言で皿を差し出した。


 スンホの孫は夜に泣き叫んだ。「お腹が空いた」と。だが声を荒げれば隣人に密告される恐れがあった。避難所では「不満分子」と烙印を押された者が姿を消す噂が絶えなかったからだ。


 一方で、若い世代の中には小さな反発も生まれていた。二十代の青年ユンは、同じ避難民に向かって囁いた。

 「ここでただ従っているだけじゃ、また同じだ」

 だがその声は小さく、周囲は視線を逸らした。反抗は命取りになることを皆が知っていた。


 スンホは迷っていた。かつて祖国で党に従い、声を押し殺して働いてきた。その延長がここにあるだけだと理解していた。だが、孫を養うには配給を受けなければならない。従わざるを得ない。


 ある日、亡命政権の幹部が避難区を視察した。整列させられた住民の前で「忠誠の歌」を歌えと命じられた。スンホは声を張り上げたが、心の奥で「なぜ逃げてきても同じことを繰り返すのか」と叫んでいた。


 夜、薄暗いランプの下で、孫に米粒を数粒だけ分け与えながら彼は思った。

 ――この子には、自由を知る日が来るのだろうか。


 亡命政権の影の下での難民生活は、従属と恐怖の連続だった。だが、その沈黙の奥底には、いつか変わることを願う小さな灯が燻っていた。


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