第108章:絶望のカウントダウン
高知沖の夜空を切り裂くように、イージス艦「まや」から放たれたSM-2ミサイルは、轟音と共に空へと舞い上がった。艦橋の士官たちの視線は、一点集中でディスプレイの光点に釘付けになっていた。日本の未来がかかった、文字通りの一撃必殺。
「ミサイル、上昇!目標に直進中!」
情報科士官の声に、わずかな希望が宿る。メインコンソールのディスプレイでは、SM-2の光点とB-29の光点が、確実に接近していく様が描かれている。誰もが息を呑み、その瞬間を待った。
しかし、その希望は、あまりにも唐突に、そして残酷に打ち砕かれた。
「艦長!FCS(射撃指揮装置)にエラー発生! 目標ロックが不安定に!」情報科士官の焦燥に満ちた声が、艦橋に響き渡った。
「何だと!?」秋月は、反射的にメインコンソールに飛びついた。ディスプレイ上のB-29を捉えていたはずのロックオン表示が、激しく点滅し、赤い警告が瞬いている。ミサイルの軌道予測を示す線も、わずかに乱れ始めた。
「主レーダー、SPY-6に機能不全! 沖縄での激戦と、これまでの高負荷運用で、損傷していた箇所が…!ターゲットデータ、ロスト!」
通信士が絶叫した。まさに土壇場での、システムの致命的な故障。これまでかろうじて機能を維持してきたレーダー機器が、決定的な瞬間に沈黙したのだ。
秋月の顔から血の気が引いた。彼らは、このSPY-6レーダーの精密な追尾能力に全てを賭けていた。それが機能しなければ、ミサイルはただの鉄屑だ。
ガァァァァン!
雷鳴のような轟音が、はるか上空から響き渡った。遅れて、爆撃音のような衝撃波が艦橋を揺らす。
「ミサイル、目標を逸脱!命中せず!」兵装士官の絶望的な報告が、秋月の耳に突き刺さった。
ディスプレイ上では、SM-2の光点がB-29のそれと交差することなく、虚しく上空を通り過ぎていく。そして、その直後、B-29から分離された巨大な円筒形の影が、広島へと落下していくのが、ディスプレイ上に示された。
「クソッ!」秋月は、奥歯を噛み締めた。その手は、悔しさで震えている。
「艦長!火器管制レーダー、完全に機能停止! 次弾発射、不可!」情報科士官が、顔を覆うように報告した。
万事休す。ミサイルはもう撃てない。秋月の脳裏に、大本営でのあの議論が蘇る。同時攻撃の場合、片方を切り捨てる。だが、片方すら救えなかった。
「副長!全砲門、速射砲に切り替えろ!全速で撃て!」秋月は、最後の抵抗を試みるように叫んだ。
「艦長!無駄です!B-29は高度9,500メートル!5インチ砲の有効射程圏外です! 届きません!」副長の声は、絶望に満ちていた。