第91章 新しい抽象知能
新寺子屋の午前の授業。先生は黒板に三つの円を描いた。
•人間の知能:社会性、直感、美意識
•AIの知能:形式、探索、効率
•?:新しい抽象知能
「今日は“新しい抽象知能”について考える。人間とAIは別々の道を歩んできたが、両者が協働するとき、まったく新しい知能の形が生まれるかもしれない。」
協働のイメージ
先生は話を続けた。
「AIは人間には直感できない定理を発見できる。一方、人間はそれを文化や美意識と結びつけて解釈できる。両者が組み合わさると、従来の“人間だけの数学”とも“AIだけの数学”とも違う、第三の知能が立ち上がる。」
ユイが首をかしげた。
「それって、AIと人間がチームになって“共著論文”みたいに数学を作るってことですか?」
「その通り。AIが示すのは形式的な地図、人間が与えるのは意味や物語。その融合が“新しい抽象知能”を生むんだ。」
例示 ― 未知の図形
先生は黒板にAIが生成した奇妙な図形を映した。非ユークリッド的で、直感では理解できないが、内部には強い対称性が潜んでいる。
「AIはこの図形を数値的に“正しい”と保証したが、人間には直感できなかった。ところがある研究者は、この図形を“音楽的対称性”として解釈し、和声の理論に応用した。ここに人間とAIの協働の芽がある。」
ケンが目を輝かせた。
「AIが数学を作り、人間が芸術や文化に応用する……それが新しい知能なんですね!」
哲学的意義
先生は黒板に大きく「知能とは何か」と書いた。
「知能とは、問題を解くだけでなく、意味を生み出すことだ。AIは形式の達人だが意味を作れない。人間は意味を作るが形式の探索は遅い。両者が結びつくことで、“意味ある抽象”が加速的に拡張される。」
ユイが考え込む。
「つまり、新しい抽象知能は、“社会的共有+形式的処理”の両方を持つってことですね。」
「そうだ。そしてそれは、人間単独の知能でもAI単独の知能でもない。両者が重なり合ったとき初めて現れる第三の地平だ。」
体験課題 ― 未来の数学を描く
先生は生徒たちに課題を出した。
「未来の数学を想像して、一行で書いてみよう。人間とAIが協働したとき、どんな数学が生まれるか。」
生徒たちは少し考え、ノートに書き込んでいった。
•ユイ:「AIが作った無限の数列を、人間が詩に変える数学」
•ケン:「理解できない定理を、直感的に可視化する数学」
•他の生徒:「文化と技術を同時に育てる数学」「宇宙人とも通じる共通言語になる数学」
黒板に並んだ言葉は多様で、しかしどれも未来の知能を示していた。
結び
先生は黒板を見渡し、静かに言った。
「新しい抽象知能は、まだ名前のない地平にある。だが君たちがAIとともに歩むなら、それは必ず現れるだろう。人間の文化とAIの形式が結びついたとき、数学は新しい命を得る。」
窓の外の空には雲が流れていた。生徒たちは未来を想像し、まだ見ぬ抽象世界の扉が開かれるのを感じ取っていた。