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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1931/2200

第88章 人間は追いつけるか?




 新寺子屋の朝。生徒たちは前日の授業で受け取った分厚いAI数学の資料をまだ机の上に置いたまま、ため息を漏らしていた。

ユイはノートを開きながら呟いた。

「……やっぱり、理解できない数式は怖い。正しいって言われても、納得できないよ。」


 ケンも頷く。

「“正しいけど分からない”なんて、数学じゃない気がする。でも先生は“未来の数学”だって言ってましたよね。」


 そこへ先生が入ってきた。黒板に二つの言葉を書き出した。


「直感」

「形式」


「今日は“人間はAI数学に追いつけるか”を考える。鍵となるのは、この二つだ。」


直感と形式のギャップ


 先生は続けた。

「人間は数や図形を“直感的に理解する”ことを重視する。三角形の合同も、円の対称性も、見れば“なるほど”と思える。数学は文化や言語と結びつき、共有できる“直感”を基盤にしてきた。」


 ユイが手を挙げる。

「だからこそ、美しい証明に価値があるんですね。」


「そうだ。しかしAIは違う。AIにとって大事なのは形式と正確さ。直感的に理解できるかどうかは関係ない。だから数千ページの証明でも“正しい”なら価値がある。ここに深いギャップがある。」


教育の挑戦 ― 翻訳する数学


 先生は黒板に「通訳者としての数学者」と書いた。


「人間が追いつくには、AIの形式を“直感に翻訳する”役割が必要になる。つまり数学者は、AIが導いた結果を人間が理解できる形に変える“通訳者”にならなければならない。」


 ケンが疑問を投げかける。

「でも、もしAIの証明が何千ページもあるなら、人間が翻訳するのは不可能じゃないですか?」


「すべてを翻訳するのは難しい。だからこそ教育の課題は“理解のためのモデル”を作ることだ。AIが見つけた結論を、直感的な図や比喩に置き換えて人間に伝える。それが追いつくための新しい学びだ。」


体験課題 ― 翻訳の試み


 先生は黒板にAIが導いた結論の一例を書いた。



「AIはこの性質を持つ関数を発見した。だが“なぜか”は説明してくれない。君たちで意味を考えてみよう。」


 生徒たちは小グループに分かれて議論を始めた。

•ユイのグループは「素数の規則性に関係しているのでは?」と推測。

•ケンのグループは「多項式の性質から無限に続く」と直感で説明しようとした。

•別のグループは「図にすると周期的なパターンに見える」と提案。


 やがて各グループが発表したが、どれも完全な説明にはならない。


 先生は笑みを浮かべた。

「いいんだ。大事なのは、AIが出した“形式的事実”に対して、人間が直感的な物語を与えようとする試みだ。これが翻訳であり、人間が追いつくための第一歩だ。」


生徒の気づき


 議論のあと、ユイが小さく呟いた。

「私たちはAIに全部任せるんじゃなくて、“理解できる形”に変えないと、数学は文化として残らないんですね。」


 ケンも深くうなずいた。

「数学を人間の言葉に翻訳する作業は、AIにはできない。そこが僕らの役割なんだ。」


結び


 先生は黒板に大きく書いた。

•AI → 形式

•人間 → 意味

•未来の数学者 → 翻訳者


「人間はAIに追いつけるか? それは可能だ。ただし“追いつく”とは同じ道を走ることではない。AIが示す結果を、人間が文化として理解できる形に翻訳する――その営みこそが未来の数学教育の使命だ。」


 窓の外には朝日が差し込み、生徒たちはそれぞれのノートに「翻訳者としての数学者」と書き込んだ。

彼らの目に、不安だけでなく確かな希望の光が宿っていた。


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