表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1926/2187

第84章 科学知能と数学知能の分岐




 新寺子屋の教室に、先生は二つの大きな壺を持ち込んだ。片方には水が満ちており、もう片方は空っぽだ。


「今日は、“科学的知能”と“数学的知能”の違いを考えてみよう。タコの話を思い出してほしい。彼らは迷路を解き、瓶のフタを開けるほど賢い。これは科学的知能の典型だ。だが、数を抽象化する力は弱かったな。」


 ユイが手を挙げる。

「科学的知能って、つまり“現象を理解する知能”ですか?」


「その通り。因果関係を読み取り、問題を解決する能力だ。一方で数学的知能は、数や記号を使って“現象を離れて抽象化”する能力だ。」


壺の実験


 先生は水の入った壺から、コップに一杯分を取り出して見せた。

「この水をすべて移すには、何杯必要だろう?」


 ケンが前に出て数え始めた。

「1、2、3……10杯!」


 先生は頷いた。

「これが科学的知能の働きだ。実際に行動し、観察し、答えを得る。」


 今度は先生が黒板に「壺の容量=10杯」「コップの容量=1杯」と式を書いた。

「だが数学的知能は違う。最初から“壺の容量 ÷ コップの容量=10”と計算で導き出せる。現象を経なくても抽象的に答えにたどり着けるんだ。」


動物と人間の違い


 先生は黒板に二つの円を描いた。

•科学的知能:因果理解・実験・観察(タコ、カラス、イルカ)

•数学的知能:抽象記号・言語化・共有(人間のみ高度発達)


「動物は科学的知能を持っている。だが数学的知能は文化を必要とする。例えばカラスは“順序”を理解し、オウムは数詞を真似できる。だが、それを記号として体系化するのは人間だけだった。」


 ユイが考え込むように言った。

「じゃあ、数学って“科学の延長”じゃなくて、“もうひとつの道”なんですね。」


「まさにその通り!」先生は嬉しそうに笑った。

「科学的知能は“世界を理解する力”。数学的知能は“世界を記号化する力”。二つの道は似ているが、分岐しているんだ。」


教室での課題


 先生は黒板に三角形を描いた。

「ここで問題だ。この三角形の辺の長さが全部5なら、面積はいくつになる?」


 ケンは定規を取り出そうとしたが、先生が止めた。

「測ってはいけない。頭で考えるんだ。」


 ユイがしばらく考えて答える。

「正三角形の面積は、辺×辺×√3÷4だから……25×√3÷4 ≈ 10.8!」


「そう、それが数学的知能だ。もし科学的知能だけなら、三角形を切り抜いて砂を詰め、実際に量を測るしかない。だが数学なら抽象的に答えを得られる。」


分岐点としての言語


 先生は黒板に「言語=橋」と書いた。

「科学的知能から数学的知能へ移るには“言語”が必要だった。言葉がなければ、数は単なる直感で終わる。だが言葉と記号を使えば、数は抽象概念として育ち、仲間と共有できる。」


 ケンが感心して言った。

「だからタコやイルカは賢いけど、数学までは行けなかったんだ……」


「そうだ。数学的知能は、科学的知能に社会性と言語が加わったときに生まれる。人間はその条件を満たしていたから、数学を発展させられたんだ。」


結び


 先生は最後に黒板を指しながら語った。

「科学的知能は自然を理解する力。数学的知能は自然を超えて抽象化する力。この二つが揃ったとき、人間は文明を築いた。つまり数学は科学の延長ではなく、文化が選び取ったもう一つの進化の道なんだ。」


 窓の外では日が傾き、黄金色の光が三角形の板書を照らしていた。生徒たちはそれを見つめながら、数の道が二手に分かれた瞬間を想像していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ