第84章 科学知能と数学知能の分岐
新寺子屋の教室に、先生は二つの大きな壺を持ち込んだ。片方には水が満ちており、もう片方は空っぽだ。
「今日は、“科学的知能”と“数学的知能”の違いを考えてみよう。タコの話を思い出してほしい。彼らは迷路を解き、瓶のフタを開けるほど賢い。これは科学的知能の典型だ。だが、数を抽象化する力は弱かったな。」
ユイが手を挙げる。
「科学的知能って、つまり“現象を理解する知能”ですか?」
「その通り。因果関係を読み取り、問題を解決する能力だ。一方で数学的知能は、数や記号を使って“現象を離れて抽象化”する能力だ。」
壺の実験
先生は水の入った壺から、コップに一杯分を取り出して見せた。
「この水をすべて移すには、何杯必要だろう?」
ケンが前に出て数え始めた。
「1、2、3……10杯!」
先生は頷いた。
「これが科学的知能の働きだ。実際に行動し、観察し、答えを得る。」
今度は先生が黒板に「壺の容量=10杯」「コップの容量=1杯」と式を書いた。
「だが数学的知能は違う。最初から“壺の容量 ÷ コップの容量=10”と計算で導き出せる。現象を経なくても抽象的に答えにたどり着けるんだ。」
動物と人間の違い
先生は黒板に二つの円を描いた。
•科学的知能:因果理解・実験・観察(タコ、カラス、イルカ)
•数学的知能:抽象記号・言語化・共有(人間のみ高度発達)
「動物は科学的知能を持っている。だが数学的知能は文化を必要とする。例えばカラスは“順序”を理解し、オウムは数詞を真似できる。だが、それを記号として体系化するのは人間だけだった。」
ユイが考え込むように言った。
「じゃあ、数学って“科学の延長”じゃなくて、“もうひとつの道”なんですね。」
「まさにその通り!」先生は嬉しそうに笑った。
「科学的知能は“世界を理解する力”。数学的知能は“世界を記号化する力”。二つの道は似ているが、分岐しているんだ。」
教室での課題
先生は黒板に三角形を描いた。
「ここで問題だ。この三角形の辺の長さが全部5なら、面積はいくつになる?」
ケンは定規を取り出そうとしたが、先生が止めた。
「測ってはいけない。頭で考えるんだ。」
ユイがしばらく考えて答える。
「正三角形の面積は、辺×辺×√3÷4だから……25×√3÷4 ≈ 10.8!」
「そう、それが数学的知能だ。もし科学的知能だけなら、三角形を切り抜いて砂を詰め、実際に量を測るしかない。だが数学なら抽象的に答えを得られる。」
分岐点としての言語
先生は黒板に「言語=橋」と書いた。
「科学的知能から数学的知能へ移るには“言語”が必要だった。言葉がなければ、数は単なる直感で終わる。だが言葉と記号を使えば、数は抽象概念として育ち、仲間と共有できる。」
ケンが感心して言った。
「だからタコやイルカは賢いけど、数学までは行けなかったんだ……」
「そうだ。数学的知能は、科学的知能に社会性と言語が加わったときに生まれる。人間はその条件を満たしていたから、数学を発展させられたんだ。」
結び
先生は最後に黒板を指しながら語った。
「科学的知能は自然を理解する力。数学的知能は自然を超えて抽象化する力。この二つが揃ったとき、人間は文明を築いた。つまり数学は科学の延長ではなく、文化が選び取ったもう一つの進化の道なんだ。」
窓の外では日が傾き、黄金色の光が三角形の板書を照らしていた。生徒たちはそれを見つめながら、数の道が二手に分かれた瞬間を想像していた。