第78章 ミツバチの3番目の花
秋の日差しがやわらかく差し込む新寺子屋の窓辺に、先生は三枚の黄色い紙を並べた。それぞれに小さな花の絵が描かれている。
「さて、今日は“ミツバチの数感覚”を学ぼう。アリが歩数を数えることは前に話したな。今度はミツバチだ。彼らは花の場所を仲間に伝える“ダンス”で有名だが、実は“順序”を数えることもできるんだ。」
生徒たちはざわついた。ユイが声を上げる。
「えっ、ハチって“何番目”とか分かるんですか?」
先生はうなずき、黒板に大きく「1 → 2 → 3」と矢印を書いた。
「そう。例えば3番目の花に必ず蜜があるとしたら、ミツバチは“3番目”を覚えて飛んでいける。これは“順序数”の理解で、人間の“1番・2番・3番”と同じ仕組みなんだ。」
先生は生徒たちを教室の前に集め、黄色い紙を机に並べた。
「実験してみよう。ここに花の絵を三つ描いたカードがある。蜜があるのは“3番目”。さあ、誰か挑戦してみるか?」
ケンが前に出てきて、カードを一枚ずつ指差していく。
「1……2……3! ここ!」
「その通り。」先生はにっこり笑った。
「ミツバチは訓練すると、この“3番目”を見分けられる。つまり彼らは単なる量の比較だけでなく、順序を理解しているんだ。」
先生はさらに説明を続けた。
「研究によれば、ミツバチは“1〜4”くらいまでなら正確に区別できる。これは人間の“瞬時認識”と同じで、対象が少数なら素早く把握できるんだ。しかも、彼らは“3番目”や“4番目”を選ぶ訓練も可能だ。」
ユイが首をかしげる。
「でも、どうしてそんなことが必要なんですか?」
「いい質問だ。」先生は黒板に花畑の絵を描いた。
「花畑の中で、蜜があるのは特定の順序に並んだ花だけ――といった状況がある。ミツバチはそれを覚えて効率よく蜜を集めるんだ。自然の中では“どれくらい”だけでなく“どの順番”かも重要なんだな。」
先生は黒板に次のようにまとめた。
•アリ:歩数を数える(距離の測定)
•ミツバチ:小数(1〜4)を識別、順序(3番目など)を理解
•共通点:抽象的な記号ではなく、自然環境の課題に即した数感覚
「つまり、数は生き延びるために進化した道具だった。ミツバチにとって“3番目の花”を覚えることは、巣を維持するために不可欠だったんだ。」
ここで先生は生徒たちに課題を出した。
「では君たちもやってみよう。目を閉じて、私が机を“トン、トン、トン”と叩いたら、何回目で止めるか数えてごらん。」
先生が机を叩く。
「トン……トン……トン!」
「3回!」と生徒たちが声をそろえる。
「そう、それが“順序”だ。人間も動物も、耳や目を通して“いくつ目か”を把握できる。これが“順序数”の感覚だ。」
授業の最後、先生は生徒たちを見渡しながら言った。
「アリもミツバチも、人間のように抽象的な数字を記号で表すわけではない。だが彼らの行動には“数の萌芽”が宿っている。数は文化だけでなく、自然界のあらゆる生き物の中に潜んでいるんだ。」
静かな午後の光が差し込む教室で、子どもたちは蜂の羽音を想像するように耳を澄ませていた。