第106章:死の航程、広島上空
1945年8月6日、午前7時過ぎ。高知沖に展開するイージス艦「まや」の艦橋は、SPY-6レーダーのコンソールに釘付けになっていた。そこに映し出されるB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」の反応は、すでに距離100キロメートルを切り、広島へと向かう最終爆撃航程に入ろうとしていた。
「艦長、目標、進路変更なし。広島市中心部へ直進します」情報科士官の声が、乾いた空気を切り裂いた。「まもなく最終爆撃航程に入ると予測されます」。
秋月の心臓が激しく脈打った。大本営に降伏を進言する時間はもうない。長崎へのもう一機は阻止できない。今、この瞬間、「まや」に残された使命は、広島を救うことだけだった。
「了解だ。全システムを最終迎撃モードに移行!FCS(射撃指揮装置)とVLS(垂直発射システム)の最終グリーンチェックを報告せよ!」秋月は、声に力を込めて命じた。
「FCS、グリーン!VLS、グリーン!ミサイル、スタンバイ!」兵装士官の声が、艦橋に響き渡る。
広島上空:最終進入
その頃、高度9,500メートル。広島上空は、午前8時を過ぎ、青い空が広がり始めていた。B-29爆撃機「エノラ・ゲイ」は、ポール・ティベッツ大佐の操縦のもと、広島市中心部へと一直線に侵入していた。機内は、極度の緊張感に包まれていた。搭乗員たちは、それぞれの持ち場で最終チェックを繰り返す。
爆撃手は、目標である相生橋を捉えるため、ノルデン爆撃照準器に目を凝らしていた。彼の視界には、川の流れ、建物の影、そして橋の奇妙な「T」字型が鮮明に映し出される。それが、爆弾投下の最終目標だ。
「爆撃準備完了!」爆撃手の声が、インターコムを通して機内に響いた。
「了解。高度、9,500メートル、速度、550キロ。進入角、よし」航法士が冷静に状況を報告する。「機体、安定。視界、良好」。
そして、通信士の頭上では、すでに安全装置が解除され、起爆準備が整いつつあった。リトルボーイではなく、ファットマン、その巨大な鉄の塊は、すでに爆弾倉のハッチの向こうで、投下される瞬間を待っている。
ティベッツ大佐は、操縦桿を握る手に力を込めた。彼にとって、これは戦争を終わらせるための任務であり、一切の躊躇はなかった。彼の頭上には、完璧に晴れ渡った青い空が広がっている。広島市は、その下に広がる緑豊かな盆地の中に、静かに息づいていた。その全てが、間もなく消し去られようとしていた。