第68章 補給網の最適化 ― 港・鉄道・地下連絡網の連携
補給は要塞の血液であり、血管が詰まれば都市はあっという間に枯死する。復興庁ロジ担当の机の上には、色分けされた地図が三枚並んでいた。海路(青)、鉄道・高速貨物(緑)、そして地下連絡網(赤)。矢代隆一は指で赤線をなぞる。最後の一マイル――港湾の岸壁から発射管区、弾薬庫、発電所、浄水場へ物資を確実に運ぶその細い線の一本一本が、命取りになりかねない。
ハブ設計:前線から現場までの階層
計画は三層構造だ。
1) 前線ハブ(海/空/大規模陸上ターミナル):大型コンテナ船や輸送機が集結し、MT仕分けを行う。
2) 地域中継ハブ(地方港・臨時貨物駅):船舶や列車の積替え、UUVドック・フェリー転用の拠点。
3) エンドハブ(現場近傍のランプ・地下搬入口):工事現場に最も近い“最後の一マイル”を担う。
各ハブは「容量」「耐荷重」「保安レベル」「気候管理」の観点でランク付けされている。例えば、弾薬のエンドハブは恒温恒湿倉庫(15℃±3、湿度45%以下)と爆裂隔壁、二重水封ドアを備える。発電燃料は分散タンク方式で、各タンクは最小500kL以下に抑え、山側複数拠点へ分散貯蔵する仕様だ。
輸送モードと偽装・秘匿の運用
物資は混載される。弾薬は専用のA級コンテナ(防爆内装+耐衝撃マット)、医薬は冷蔵コンテナ(リーファー)、機械部品は標準ISO。保安上は二重ラベル方式を採用した。外部帳票には「建材」「医療機器」と記載し、暗号鍵による内部データベースに実貨目を格納する。鍵は三者分割(復興庁、防衛局、国際監査組織)で、現場開封時に二つ揃えば中身が解読できる。
UUV(大型無人水中航行体)は夜間ルートの中核を担う。貨物UUVは12トン級で、ミッションは「潜没離着岸→磁気クランプ接続→水中パイプ経由搬入」。積み下ろしは水中オペで行い、岸壁検査を避ける。バッテリー換装ステーション、乾燥ドック、海底通信用ケーブルの冗長回線が不可欠だ。UUVは航行時にAISを切り、動的航路を用いる。定位はINS(慣性航法)+水中音響ナビで行い、衛星補正は到着寸前のみ短時間行う。
鉄道・道路の限界と構造対策
鉄道は効率的だが橋梁や軌道の耐荷重がリスクだ。橋梁の許容値(軸重)を超えないよう、積載は箱車を細かく分割。プッシュプル編成で速度は抑え、曲線部の減速を義務付ける。重要な鉄道回廊は夜間運休ウインドウを確保し、護衛部隊が線路の先行偵察を行う。道路輸送は「軸重20トン」を越えない車両換算でルートを設計し、都市部の橋や高架の通行許可を自治体と個別に交渉して仮設補強を行った。
現場近傍の「最後の一マイル」はしばしば人力と小型車両に頼らざるを得ない。地下搬入口は車高2.5m・幅3.5mを基準に設計し、モジュール式のバッテリー式フォークリフトと小型台車で受け渡す。坑道での重量配分は常に監視され、床面は分散荷重パネルで補強される。
ロジスティクスの運用ルール
運用はデイリーで最適化される。主要ルールは以下だ。
•スロット制:港・空港・エンドハブは時間帯をスロットで割り当て、予め護衛をアサイン。
•分散輸送:一貨物を複数のルートに分割(海・鉄道・UUV)して同時輸送、全滅リスクを低減。
•デコイ運用:虚偽コンボイ(外見は高価物資だが中身は低価物)を敢えて動かし、敵の監視資源を分散させる。
•EMCON(電磁活動制限)と暗号通信:GPS/通信が妨害される想定で、INS・短波・光通信を併用。暗号は量子鍵ではなく分割鍵+多段認証。
•チェーン・オブ・カストディ(CoC):物資はハブ間でRFID封印+不可逆ログで追跡。封印破損時は即時検査。
運用マニュアルには、温度違反が一件発生したら現場での再加工ラインを稼働させること、火薬のLOTは到着後24時間以内に抜取り検査を行うこと、燃料の粘度・比重をサンプルで確認することが明記されていた。
人間の輪郭――現場の役者たち
ロジ司令の塚本信也は毎朝05:30にタブレットでオペレーションボードを確認する。彼の目は、輸送の「遅延」よりも「逸脱」を恐れた。逸脱は敵の侵入、あるいは内部の腐敗を示す。海運会社のキャプテン、アリ・ハッサンはUUVドックの夜間オペで汗をかき、列車の運転士は橋梁点検の報告書を手放せない。工兵隊は坑道の床を測り、負荷分散を指示する。彼らの関係性は軍・民・国際の歯車がかみ合った瞬間だけ滑らかに回る。
転機――ルートへの攻撃と停止
ある朝、塚本のタブレットに赤いアラートが点滅した。新潟→内陸中継ルートの橋梁が夜間に爆破され、列車回廊が寸断されたという。被害は橋脚一つの崩落、軸受けの変形、周辺土砂崩落。即時停止。鉄道は復旧に72時間を見込むと報告した。
被害の連鎖は瞬時に広がった。列車で予定していた弾薬の半分が行き場を失い、港湾のスロットは詰まり、エンドハブの保管容量は限界に近づく。UUVの稼働率を上げ、海上での分割輸送を増やす判断が下されたが、UUVの整備・充電インフラは限られている。更に、攻撃の痕跡から中国系無人水中ドローンによる機雷設置の可能性が示唆され、護衛艦はパトロールを強化した。
緊急対策とルート多様化
停滞を打破するため、ロジ本部は即時対策を指示した。
1.山岳トンネル経由の代替ルート化:既存の坑道網を改修し、トラック通行可能な断面に拡張。工兵隊が夜間に分割工事を行い、重量制限付きで運用開始。
2.フェリーと臨時バーク連結:漁港を暫定的Roro(車両積載)ポイントに転用し、車両で直接内陸へ搬送。
3.UAV/UUVシフト:UUVの夜間ミッションを二交代制へ変更し、予備バッテリーを山側キャッシュへ移送。UAVは点検・偵察に集中。
4.ローカルキャッシュの活性化:各エンドハブに72時間分の“戦時消耗セット”を備蓄し、即時消費に備える。
塚本は夜通しでダッシュボードを操作し続けた。新潟橋の崩落は痛手だが、山岳トンネルの改修で「一部のルートは回復する」と判断した。現場から上がる報告は疲弊と安堵が混じる声だった。「これで48時間は持つ」。
教訓と持続化
橋崩落の事件は、物流設計の脆弱性を露呈したが同時に重要な教訓を残した。
•**冗長性(Redundancy)**は設計段階で最も割高に見えるが、最終的には命を救う。
•局所キャッシュは中央依存を下げ、初動での脆弱性を隠蔽する。
•**特殊輸送手段(UUV/UAV)**は効果的だが、維持インフラが鍵。増強は計画的に。
•人間の運用が最終決定を左右する。ダッシュボードのアルゴリズムでは判断できない、現地の経験と直感が必要だ。
夜明け、塚本は赤い線で引かれた地図に新しい青線を追加した。橋の代替が一本、トンネルの改修が二本。どれも暫定だ。矢代がそっと肩に手を置いた。
「物流は生き物だ。切られれば血を吐く。だが手当てをすればまた流れる」
彼らはその日、また一度だけ勝った。勝利は短かったかもしれない。だが、補給網に新たな枝が生えたことで、地下要塞の鼓動は再び鈍くではあるが、確かに打ち始めたのだった。