第67章 入札と腐敗リスク
地下要塞都市の建設は「国家事業」を超えた存在となりつつあった。発注額は兆を超え、資材調達から人員雇用、物流ルート確保に至るまで巨大な市場を生み出していた。必然的に、その周囲には建設コンソーシアム、政治家、ブローカーが群がった。
入札の舞台
大阪臨時政府庁舎の一角、厚いカーテンを引いた会議室。机上には分厚い入札書類が積まれ、財務局、復興庁、検察臨時局の担当官が赤ペンを走らせていた。
「セグメント単価が異常に低い」
「資材調達元の記載が不十分だ」
「サプライチェーンの透明化基準を満たしていない」
担当官の声が飛ぶたびに、机の周囲は緊張に包まれる。形式上は公開入札だが、実態は政治と資本の駆け引きだった。
谷間に潜む談合
入札候補は三大建設コンソーシアムだった。だが水面下では「談合」の噂が飛び交っていた。価格を事前に調整し、受注を持ち回りで分け合う。古くから公共工事で繰り返されてきた手口だ。
矢代隆一中佐は現場での作業を終え、会議室の片隅でその様子を見ていた。
「要塞の強度は鉄筋の太さで決まる。だが鉄筋を納める会社の腹黒さで決まることもあるのか」
皮肉を込めて呟いた言葉に、誰も答えなかった。
贈収賄疑惑
事態が動いたのは、匿名の通報が届いた時だった。あるコンソーシアムが入札担当官に多額の便宜供与を行ったという。接待、現金、さらには家族名義の口座を通じた送金。
検察臨時局は即座に動き、捜査官が関係者を呼び出した。
「地下都市は国民の避難先だ。腐敗が入り込めば命が失われる」
そう告げた検察官の声は冷たく、部屋にいた誰もが息をのんだ。
第三者監査の導入
反汚職団体からも国際的圧力が加わった。
「透明性が担保されなければ、我々は融資を停止する」
その結果、第三者監査契約が導入された。入札書類は全て電子化され、国際監査法人が随時精査する。資材のサプライチェーンは「出所証明書(Certificate of Origin)」を添付しなければ受け入れられない。
佐伯俊技官はその書類の山を前に頭を抱えた。
「鉄筋一本ごとに証明書が要るのか。戦争より事務処理で死にそうだ」
だが、これが国際社会の信頼を得る唯一の道だった。
転機 ― 入札取消
やがて、最有力と目されていた大手コンソーシアムの入札が突然取り消された。検察当局が贈収賄の証拠を押さえたのだ。社長の側近は逮捕され、株価は暴落。工事現場では作業員が呆然と立ち尽くした。
その空白を埋めるように、新興企業連合が台頭した。地方の建設会社とベンチャー技術者が束になった「臨時連合」。彼らは最新の3Dプリンタによるセグメント製造技術を武器に、低コストかつ短工期を掲げていた。
「大手の腐敗が露呈した今、我々が前に出る時だ」
リーダー格の若手経営者が拳を握った。
結び
入札と腐敗は常に表裏一体だった。だが要塞建設は国家の命運を握る。透明性を確保できなければ、国際的支援は止まり、工事は瓦礫の山に終わる。
矢代はその光景を見つめながら呟いた。
「敵は外にだけではない。内側の腐敗もまた、要塞を崩す爆薬になる」
そして、彼の目の前には新しい建設連合の図面が広げられていた。そこには古い談合の影を断ち切るような、鋭い線が描かれていた。