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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1908/2229

第66章 PMCと現場警備の倫理問題




 東京地下要塞の建設現場には、制服の色も国籍も異なる人間たちが入り乱れていた。自衛隊工兵、地場建設会社の作業員、そして黒い装備に身を包んだPMC(民間軍事会社)の隊員たち。彼らは「警備員」と呼ばれながら、実際には重装備を持ち込み、最前線さながらの雰囲気を漂わせていた。


 雇用契約の条文には「非戦闘任務」と明記されていた。しかし現場では、彼らは迫撃砲弾を検知するレーダーのそばで自動小銃を携え、補給車列の護衛に当たっていた。形式上は「ロジスティクス保安」だが、実態は戦闘行為と紙一重だった。


契約条項と現場の解釈


 PMC導入を推進したのは復興庁の一部官僚だった。理由は単純だ。自衛隊は防衛任務に追われ、現場の警備まで人員を割く余裕がなかった。PMCなら契約で即応可能、死亡補償や労災責任も会社が負う。


 だが契約書には抜け穴が多かった。

 - 武器使用は「自己防衛目的」に限る

 - 日本国内法を遵守するが、活動区域は“臨時特区”扱い

 - 責任追及は「仲裁裁判所」で解決」


 つまり、万一の問題が起きても、日本の刑法や憲法に直接かからない仕組みが巧妙に作られていた。


 「これは安全保障の外注だ」

 佐伯俊技官は苦々しく呟いたが、矢代中佐は黙って図面を閉じた。現場を守るために必要だと理解していても、合法と違法の狭間で息を潜めることになる。


国際人権監視団の目


 建設が進むにつれ、国際人権監視団が現地入りした。彼らの目的は、PMCが国際人権法を逸脱していないかを監視することだった。


 監視団の女性代表は現場を視察しながら質問を浴びせる。

 「武器携行は必要ですか?」

 「威嚇射撃を行った記録はありますか?」

 「避難民との接触は?」


 PMCの隊長は「すべて契約範囲内だ」と答えるが、目は笑っていなかった。彼らの多くは中東やアフリカの紛争地で経験を積んだ元兵士であり、法よりも「任務遂行」を優先する文化を持っていた。


国内メディアの批判


 やがて国内メディアも嗅ぎつけた。週刊誌が「地下要塞を警備する外国傭兵」と見出しを打ち、報道番組が「国家主権の空洞化」と批判する。SNSには「PMCが日本人に銃口を向ける日も近い」との書き込みが拡散し、世論は二分された。


 復興庁の官僚は頭を抱えた。「実務的には必要だが、政治的には火種になる」――その板挟みが続いた。


転機 ― 過剰制圧事案


 転機は唐突に訪れた。池袋地下街の避難区画で配給列に並ぶ人々が口論を始め、それが小競り合いに発展した。現場にいたPMC隊員が鎮圧に入り、スタン弾を撃ち込み、さらに一人を床に押さえつけた。


 動画は瞬く間に拡散した。子どもを抱えた母親が泣き叫ぶ姿、倒れた青年が血を流す姿。監視団は即座に声明を発表した。

 「PMCの過剰制圧は国際人権法に抵触する可能性がある」


 翌日、国会でも追及が始まり、野党議員は「傭兵に治安を任せるのか」と声を荒げた。


高まる国際圧力


 欧州の外相は外交ルートを通じて抗議を伝えてきた。「人権侵害の可能性がある限り、我々の弾薬支援は凍結される」。米国務省も「契約条項の再検証」を求め、支援の一部を保留した。


 臨時政府は緊急会議を開いた。PMCの解雇か、契約条項の修正か、あるいは完全撤退か。だが、即時撤退すれば現場の警備が崩壊し、地下要塞の建設は止まる。


 「PMCは危険だが、彼らがいなければ資材すら守れない」

 矢代中佐の言葉は現実そのものだった。


結び


 PMC導入は、短期的には地下都市の安全を確保した。だが過剰制圧事案が示したのは、安全と人権の境界線がいかに脆いかという現実だった。


 国際監視団の視線、国内メディアの批判、そして住民の恐怖――その全てが要塞建設の進捗を鈍らせていく。


 サラ・ミラーがつぶやいた言葉が耳に残った。

 「要塞は鉄で守れても、信頼は銃では守れない」


 戦場と避難所の境界線に立つPMCたち。その存在そのものが、国家の倫理を問う試金石になろうとしていた。


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