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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15

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1905/2713

第63章 地方の力学 ― 現地雇用と政治的摩擦



 東京要塞都市の建設は首都圏の計画であったが、その影響は地方に及んでいた。資材の供給拠点や労働力の確保、関連工場の増設――すべてが周辺自治体を巻き込み、地方政治を揺さぶった。


地方自治体の期待と不安


 茨城県北部の小さな港町では、会議室に町長、地場建設会社の社長、住民代表が集まっていた。机上には国から届いた分厚い資料――要塞建設に必要なセメント、鉄筋、燃料を供給するための補給拠点計画が並んでいる。


 町長は声を張り上げた。

 「これは町にとって千載一遇のチャンスだ。雇用が生まれ、港が整備され、若者が戻ってくる」


 だが住民代表は首を横に振った。

 「漁業が死ぬ。工事車両の排気で空気は汚れ、海に油が流れれば魚は獲れない。誰が補償してくれる?」


 地方自治体は経済振興と住民保護の間で揺れ動いた。


労組と安全基準


 労働組合も動き出した。要塞建設は危険作業の連続であり、爆薬や重機を扱う作業員は命懸けだ。

 「労働安全衛生法の遵守を!」

 「夜間作業の強制は許さない!」


 組合の代表は声を荒げた。だが工期は厳しく、矢代中佐率いる工兵部隊は「安全基準を完全に守れば、工事は半分も進まない」と答えた。


 結局、暫定安全基準が設けられた。防爆服やヘルメットの強化は義務付けられたが、労働時間制限は緩和。代わりに「危険手当」が2倍に引き上げられた。労組は渋々署名したが、現場の不満は消えなかった。


環境影響評価と補償


 さらに大きな壁は**環境影響評価(EIA)**だった。国際融資団体は「環境配慮」を強く要求し、掘削による地下水汚染や粉塵の拡散を問題視した。


 住民の前で佐伯俊技官が説明を行った。

 「掘削土砂は遮水シートで覆い、粉塵は集塵機で処理します。地下水の監視井戸を設置し、基準値を超えれば即時工事を停止します」


 だが住民代表は反論した。

 「紙の上で安全だと言われても信じられない。補償を先に提示してほしい」


 そこで政府は補償スキームを策定した。漁業補償、農地補償、住宅移転費用。だが予算は限られ、金額は住民の期待に届かなかった。


転機 ― 住民ストライキ


 事態が爆発したのは、千葉県内の工事予定地だった。資材搬入路の整備に反対する住民が立ち上がり、道路を封鎖したのだ。横断幕には「地下都市NO!」「補償を先に!」と書かれ、数百人の住民が座り込んだ。


 現場監督の岡部慎吾一曹は、重機の列を止め、ヘルメットを脱いで住民に頭を下げた。

 「私たちは国を守るためにここにいる。しかし皆さんの生活を壊すつもりはない」


 だが住民代表は譲らなかった。

 「言葉ではなく保証を示せ。契約書に署名するまで工事は一歩も進ませない」


 矢代中佐が到着し、状況を見渡した。背後では自衛隊員が待機し、前には住民が並ぶ。力で排除することは可能だ。だがそれは国内世論をさらに分裂させる。


政治的取引


 政府は緊急に調整会議を開いた。地元選出の議員が発言する。

 「補償を上積みするしかない。選挙区が燃えている」

 財務局は首を振った。「財源は限界だ。国際融資の条件にも抵触する」


 最終的に妥協策が練られた。

 - 漁業補償の増額

 - 工事従事者の3割を地元雇用とする義務

 - 公共施設(病院・学校)の整備支援


 これにより住民ストライキは解除された。しかし工事は3週間遅れ、要塞計画全体のスケジュールに影響を与えた。


結び


 地方の力学は、要塞都市の建設を加速させることもあれば、停滞させることもあった。雇用、補償、環境――そのどれもが国家安全保障と絡み合い、一本のトンネルの進捗を左右した。


 矢代中佐は会議後、独り言のように呟いた。

 「敵の砲弾より厄介なのは、味方の足元にある生活だ。地下都市は鉄とコンクリートで守れるが、人の心までは掘れない」


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