第62章 輸出管理と法的トリック
東京要塞都市の建設を支える補給網が形を成すにつれ、次に立ちはだかったのは「法」だった。弾薬、燃料、電子機器、掘削機材――そのどれもが国際的な輸出管理の網に絡め取られていた。物資を受け取る以前に、書類の一枚で計画が崩れる可能性があった。
EUA ― 終端利用確認の壁
供与国の輸出管理局は、すべての契約に「EUA(End-Use Authorization:終端利用確認書)」を必須とした。輸出された機材が「民生目的にのみ使われる」と確認するための文書である。
だが、要塞都市に持ち込む機材は明らかに軍事利用を含んでいた。地下換気シャフトに設置される高出力送風機は「防塵装置」として申請されたが、実際には化学攻撃対策の軍事仕様。掘削用爆薬は「鉱山用途」と記されたが、成分比は完全に軍用規格だった。
国際弁護士チームは法務当局と机を挟んで議論を繰り返した。
「“建設資材”として輸入する形にすれば、軍需品扱いを免れます」
「だが監査が入ったら即座に矛盾が露見する」
「その矛盾をいかに“形式的に正当化するか”が我々の仕事です」
MTCRとARCR ― 規制の抜け道
特に厳しかったのはミサイル関連技術の制限だった。供与国の一部は**MTCR(ミサイル技術管理レジーム)やARCR(先端兵器規制協定)**に加盟しており、射程300kmを超える推進系や誘導系の輸出は禁じられていた。
そこで日本側の技術者と弁護士が編み出したのが「モジュール分割」方式だった。
- 推進モーター単体は輸入対象外
- 誘導装置単体は「気象観測ロケット用」
- 弾頭ケースは「実験用容器」
これらを別個に輸入し、国内で組み立てる。書類上は規制に触れない。だが実態は完全な軍用ミサイルの構成だった。
ある弁護士がため息をついた。「合法と違法の境界は、もはや紙の厚さ一枚だ」
透明性と秘密保持の矛盾
融資団体や国際銀行は「透明性の確保」を強く求めた。調達契約、監査報告、物流台帳――すべてが公開されねばならない。だが同時に、防衛当局は「秘匿」を死守しなければならない。
そこで導入されたのが「二重帳簿システム」だった。
- 公開帳簿には「医薬品輸入」「建材輸入」と記載
- 非公開帳簿には「化学防護フィルター」「成形炸薬」と記載
閲覧権限は暗号鍵で分割され、国内法務局・防衛局・供与国監査団の三者が同時に鍵を合わせなければ完全な情報にアクセスできない仕組みだった。
矢代中佐はその説明を聞き、渋い顔をした。「鍵を三つに割れば安心に見える。だが、現場の兵士には一滴の燃料が届くかどうかしか問題じゃない」
転機 ― 監査の不一致
事態はある監査の日に爆発した。供与国の監査官が倉庫でコンテナを開封した瞬間、中から「建材用樹脂」と記された箱が現れた。しかしラベルの裏には「炸薬安定剤」と印字された原メーカーの刻印が残っていたのだ。
監査官は眉をひそめ、無線で本国に報告した。
「ラベルと内容に不一致がある。供与を一時停止すべきだ」
翌日、供与国政府は声明を出した。
《輸出管理上の不一致を確認。すべての物資供与を暫定停止する》
工事現場は混乱に陥った。掘削機は燃料不足で停止寸前、発射管区の建設も足止め。要塞計画そのものが止まる危機に晒された。
法務当局の駆け引き
緊急会議で、国際弁護士が立ち上がった。
「これは“ラベリングエラー”として処理可能です。真正な輸出管理違反ではないと主張できる」
法務当局は即座に声明草案を作った。
《物資のラベル不一致は物流上の誤記であり、意図的な軍事転用ではない》
同時に、外交ルートを通じて「輸出管理局の担当官が過剰反応している」と圧力をかけた。さらに裏では、供与国の議員に働きかけ、議会で「支援継続の必要性」を訴えるロビー活動が展開された。
危機の収束と残る傷
最終的に、供与停止は三週間で解除された。理由は「誤記訂正」とされたが、現場の誰もが真実を知っていた。紙の上での誤記は、実際には故意の偽装だった。
その三週間で、工事の進捗は大幅に遅れた。燃料不足でTBMは止まり、労働者は手作業で瓦礫を運ぶしかなかった。矢代はヘルメットの下で呟いた。
「銃弾より怖いのは、紙切れ一枚だな」
危機は去ったが、供与国の監査団は今後さらに厳格になることが決まった。要塞都市の建設は進んだ。しかし、その背後には「法の網をすり抜ける」という不安定な綱渡りが続いていた。
結び
輸出管理は、銃や爆弾ではなく条文と印鑑で戦う戦場だった。
EUAの一枚、MTCRの一行、ラベルの一文字――それが要塞都市の運命を左右する。
矢代は報告書を閉じ、深く息を吐いた。
「地下は鉄とコンクリートで固められる。だが法の網は目に見えない。最も硬い壁は、敵の砲撃ではなく、味方の署名かもしれん」




