第61章 港湾とハブ ― 物流の現実化
東京要塞都市の建設計画において、最大の課題は「どうやって資材と燃料を運び込むか」だった。瓦礫に覆われた首都圏の陸路は寸断され、鉄道網も核爆発と地震で破壊されている。残された生命線は海と空。だが、そのどちらも敵の標的になり得る。
港湾の確保
臨時政府はまず、太平洋岸と日本海側の複数の港を候補に挙げた。横浜港は被害甚大で使用不能。代替として、千葉県木更津港、茨城の大洗港、新潟港が浮上した。
会議室でNATOロジスティクス司令官が冷静に言った。
「港はただの荷揚げ地点ではない。補給ハブとして防御体制を整えなければ、1週間も持たない」
そこで提案されたのが、多層防御だった。港湾入口には機雷探知UUV(無人水中航行体)を常時配備し、接近する不審物をソナーで探知。岸壁には移動式防盾とC-RAM(近接防御火器システム)が並べられた。さらに上空には短距離SAM(地対空ミサイル)が配置され、低空を狙う巡航ミサイルに備えた。
港湾管理者は頭を抱えた。「港は物流の要であると同時に、市民避難の玄関口でもある。軍事化が進めば攻撃の口実を与える」
それでも工事用鋼材とセメント、ディーゼル燃料が入らなければ要塞は夢物語に終わる。現場は妥協を許さなかった。
空港と臨時滑走路
空路も重要だった。羽田と成田は破壊され、使えるのは自衛隊の百里基地と新潟空港。さらに高速道路を利用した臨時滑走路化が進められた。コンテナ輸送機C-17やC-2が着陸できるよう舗装を補強し、周囲に移動式燃料タンクを配置。
ただし空路は敵の偵察衛星に常に監視されていた。そこで導入されたのが「可変タイムスケジュール」。離陸時間を偽装し、貨物の大半は夜間に移動。コンテナは表向き「医薬品」と表示され、内部には精密機器や爆薬が詰め込まれていた。
UUVと潜没ドック
もっとも秘密裡に進められたのが、UUVを利用した補給ルートだった。沖合数十キロに設けられた潜没式浮体ドックに、全長12メートル級のUUVが集結する。外観はただの小型貨物艇だが、内部はモジュール化されたカーゴベイ。積載量は最大15トン、航続距離は300キロ。
積み下ろしは夜間に行われた。港湾のクレーンを使わず、水中で貨物を移し替える。防諜上、作業員はごく少数。UUVメーカーの技師が潜水装備で立ち会い、気密コンテナを磁力クランプで接続する。貨物は水中経由で地下のトンネル入口に直接送られる仕組みだ。
この方式により、通常の港湾検査や空路監視をすり抜け、爆薬・弾薬・電子機器を運び込むことが可能になった。だが、整備やバッテリー交換に時間がかかり、1日に運べる量は限られていた。
コンテナと特殊梱包
補給の最大の課題は「秘匿性」と「安全性」の両立だった。海運会社は新型の特殊コンテナを開発した。外見は一般的なISO規格コンテナだが、内壁には防爆パネルを敷き詰め、内容物が誘爆しても被害が最小限で済むよう設計されていた。
さらに「二重書類方式」が用いられた。外部向けには「食料・医薬品」と記載し、内部の極秘データベースでは「対空ミサイル部品」「炸薬」など実際の内容が管理される。NATOロジス司令部と復興庁だけが閲覧できる暗号化システムで、鍵は多国間で分割されていた。
海上補給のリスク管理
海上輸送は常に危険に晒されていた。中国海軍のフリゲート艦が公海上で監視行動を強め、ロシアの潜水艦が日本海で活動していた。ある輸送船団は深夜、未知のソナー信号を受け、護衛艦が緊急照射を行った。水中を滑る影が逃げ去る。海自は潜水艦と断定したが、証拠は残らなかった。
「一隻でも沈められれば補給網が崩壊する」
NATO司令は緊急会議でそう言い切った。そこで導入されたのが分散航路である。船団を小分けにし、異なる時間とルートで港に到達させる方式だ。リスクは減るが、効率は著しく落ちる。
転機 ― 港湾への攻撃
そんな折、茨城県の大洗港が攻撃を受けた。深夜、港湾入口で爆発が起こり、停泊していた輸送艦の一隻が炎上。原因は不明だったが、機雷もしくは水中ドローンによる攻撃と見られた。
火の手は一晩で鎮火したが、被害は甚大だった。数百トンの燃料が失われ、作業員十数名が死亡。メディアは「補給網の脆弱性」を大々的に報じ、国内世論は動揺した。
政府は即座に港湾ルートを再構成した。大洗港の利用を停止し、新潟港を主要拠点に格上げ。さらに房総半島の漁港を「秘密補給港」として転用することが決定された。UUVルートの強化と、山岳トンネル経由の陸上輸送が追加され、物流網は複雑に枝分かれしていった。
結び
こうして東京要塞都市を支える補給網は、表と裏、海と陸、水面下と空を縦横に結ぶ「物流の迷路」と化した。だが同時に、その一角が破壊されれば全体が瓦解する危うさを孕んでいた。
矢代中佐は港湾配置図を見つめながら、独り言を洩らした。
「鉄とコンクリートで地下を固めても、海の道を断たれれば要塞は空虚だ。敵はそこを突いてくる……」
補給網は血管。だが血管は細く、脆い。大洗港の炎は、それを誰の目にも焼き付けたのだった。