第59章 秘密と迂回 ― 非公式供給ライン
公式ルートの調達は遅すぎた。国際銀行の承認も、各国議会の批准も、現場の時間軸には合わない。掘削機に入れる燃料は一日で数万リットル単位、弾薬の消費は前線で一晩に数千発。書類が一枚動く間に、兵士は血を流し、作業員は暗闇の中で機械を止めるしかなかった。
そのとき動き出したのが「非公式供給ライン」だった。国の公式記録には一切残らず、報告書では「農業資材」「建設機械部品」として処理される。だが木箱の中身は炸薬、ミサイル部品、ディーゼルドラムだった。
第三国経由の影
最初に口火を切ったのは、アジアの中継港を拠点とする民間軍需商社だった。
「公式供与が届くまで半年はかかる。その間に前線は崩壊する。第三国を経由すれば書類上は“民間商取引”。港湾税関も目をつぶるだろう」
コンテナに積み込まれたのは「農業用肥料」と記された袋。しかし成分は高純度の硝酸アンモニウム。別の倉庫には「冷凍食品」と表示されたパレットが並ぶ。冷凍機能はダミーで、内部には小火器用弾薬が詰め込まれていた。
矢代隆一中佐は港湾倉庫を視察し、冷たい目で木箱を叩いた。「ここで火が出れば、周囲は一瞬で吹き飛ぶ。現場を知らん連中は数字でしか考えない……」
海上と陸路
輸送ルートは二重化された。海上では小型貨物船を使い、夜間に中継港を抜ける。AIS(船舶自動識別装置)は故意にオフにされ、航跡は消える。陸路では貨物列車の一部が「医薬品輸送」と偽装され、実際にはディーゼル燃料のタンク車両だった。
列車の乗務員は危険を承知でサインした。ある老運転士は言った。「俺が止めたら、前線が止まるんだろう? なら走らせるさ」
PMCと闇の倉庫
港湾と中継地を守ったのはPMC(民間軍事会社)だった。彼らは正規軍の制服ではなく、民間警備員のジャケットに身を包んでいた。だが装備は最新の小銃と暗視装置、装甲SUV。
「倉庫は見せ札だ。本当の貨物は地下にある」
PMCの隊長が矢代に耳打ちした。実際、港湾倉庫の地下に秘密の搬出口が掘られており、トンネルを通じて小型トラックが直接貨物を持ち出せるようになっていた。
内部告発
だが秘密は長く続かない。ある倉庫管理人がスマートフォンで撮影した動画が国際メディアに流出した。夜の港で木箱を積み込む作業員、監視カメラを避ける影、そして黒塗りのトラック。
翌日、海外メディアは一斉に報じた。「日本の臨時政府、非公式軍需ルートを利用か」
各国議会では騒然となった。米国議会では反対派が叫ぶ。「我々の援助が不正に横流しされている!」 欧州では「環境規制違反の疑い」として調査委員会が立ち上がった。
官僚たちの葛藤
外務次官は深夜、矢代に電話を入れた。
「ルートを止めれば前線が崩れる。続ければ国際的孤立が進む。どちらを選ぶべきだ」
矢代は沈黙したのちに答えた。「現場は燃料で動く。兵士は弾でしか生きられない。だが、この方法は長くはもたない。必ず代替の公式ルートを確保しろ」
電話を切ったあと、彼は机に置かれた図面を見下ろした。そこには発射管区と燃料タンクの位置が赤線で記されている。燃料が尽きれば、発射能力は即座に失われる。それは「抑止力の喪失」を意味していた。
密室の取引
非公式供給を巡って、国内でも暗闘が続いていた。商社幹部と一部の政治家は、裏で「仲介手数料」を受け取り、資源利権と引き換えに秘密契約を結んでいた。復興庁の若手官僚はその草案を見て凍りついた。
《鉱物採掘権十年優先供与》――そこに署名欄があった。
彼はため息をついた。「復興のための輸入が、戦後の国富を売り渡すものに化けている……」
前線の兵士たち
最終的に非公式ルートで届いた弾薬と燃料は、前線の兵士を辛うじて生かした。だが兵士たちは真実を知らない。ただ「なぜか遅れて届いた補給品」に感謝し、銃を握り続けた。
ある小隊長は日誌に書いた。「届いた弾薬は錆びつき、燃料は混じり物だらけだ。それでも撃てば敵は倒れる。守れるものがある。だが、俺たちが何を代償にしているのか、誰も知らない」
終わりなき選択
国際社会からの非難は日ごとに強まり、支援の一部は一時凍結された。だが現場は止まれない。地下要塞都市の建設は始まったばかりで、トンネルはまだ半分も掘れていない。
矢代は会議の後、独り言のように呟いた。「秘密は抑止にはならない。だが、秘密がなければ生き延びられない。……矛盾で動くのが戦時国家というものか」