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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15

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第58章 金融の舞台裏 ― 融資、保証、政治的対価




 復興庁の財務局は、深夜の明かりを落とさなかった。机には世界銀行からの覚書(MoU)、IMFの技術支援レポート、各国財務省からの非公式メモが山のように積まれている。東京再建計画の総額はおよそ二十兆円規模。一国の臨時政府が抱えられる規模ではなく、国際融資と保証がなければ一歩も進めない。


 財務局長は額の汗を拭きながらつぶやいた。「数字の帳尻合わせではない。我々は、この国の未来を担保に入れようとしているんだ」


世界銀行の条件


 最初に交渉のテーブルについたのは世界銀行の代表団だった。彼らは淡々と書類を並べる。

 「復興支援融資は可能です。ただし条件があります。反汚職条項の遵守、透明性監査、労働基準の確保。さらに環境影響評価(EIA)を義務づけます」


 復興庁の官僚が顔をしかめた。「戦時下で完全なEIAなど絵空事です」

 代表は首を振る。「形式でもよいのです。国際社会に“規範を守る姿勢”を示すことが融資の前提です」


 佐伯俊技官はその議論を聞きながら黙考していた。確かに机上の規範に過ぎないかもしれない。しかし地下水の汚染、粉塵、火薬廃棄物――すべてが制御できなければ要塞都市は内部から崩壊する。「政治が妥協しても現場は嘘をつけない」と、彼は小声で呟いた。


IMFと二国間融資


 IMFの担当官は別の視点を持ち込んだ。「臨時政府の財政規律を担保するため、特別引出権(SDR)の一部を利用できます。ただし増税と財政削減計画を提出していただきたい」

 会議室に冷たい空気が流れる。避難民が数百万単位で列をなし、食糧配給に追われている状況で増税など不可能だ。


 一方、二国間融資の動きもあった。米国財務省は「長期低利融資」を提示しながら、基地使用権と防衛協力条項を条件に求めてきた。欧州諸国は再建工事への参入を見返りとし、アジアの一部は資源採掘権を要求した。財務官僚たちは青ざめた。支援は常に見返りを伴う。


保証と政治的対価


 さらに議論を複雑にしたのは、保証の問題だった。

 国際投資保証機関(MIGA)は「民間投資を呼び込むための保証」を提示したが、条件は厳格だった。談合や贈収賄が一度でも発覚すれば即座に保証は失効する。国内企業連合は不満を漏らす。「これでは一歩でも踏み外せば全てが吹き飛ぶ」


 そこへ、ある供与国からの極秘メモが回ってきた。

 《見返りとして、国連安保理における当国の議案支持を要請する》

 外務官僚は机を叩いた。「我々は投票権を担保にされている!」


 だが他国はもっと露骨だった。ある中東の資源国は、東京再建に必要な燃料供給と引き換えに「液化天然ガス輸入の長期契約」を要求。しかも価格は市場平均より三割高かった。財務局長は頭を抱えた。「戦時のエネルギーは血液だ。拒否できる余地はない……」


議会の反発


 国内でも火種が広がっていた。臨時議会で予算案が提出されると、野党議員が立ち上がった。

 「我々は独立を守るために地下都市を建設するのか? それとも主権を売り渡すために建設するのか!」

 議場は混乱し、傍聴席からは避難民が「食料を優先しろ!」と叫んだ。


 財務局の若手は予算案の片隅に目をやる。そこには細かく書かれていた――“支援条件に基づく外交協力、経済譲歩”。彼は紙を握りしめ、震えた。「これでは戦後の国の形そのものが、今決まってしまう……」


裏交渉


 夜、ホテルのスイートルームでは別の交渉が進んでいた。国際銀行の関係者と国内財界の代表がワインを傾けながら囁く。

 「建設権益を取るのは誰か。資材調達の優先枠は、既に商社が押さえ始めている」

 「ならば我々は金融保証の窓口を抑える。保証なくして資金は動かない」

 彼らの視線の先には、復興という名の巨大な市場が広がっていた。


財務官僚の葛藤


 深夜、庁舎の執務室で財務官僚たちは疲れ切った顔を寄せ合っていた。

 「これは復興融資ではない。主権の切り売りだ」

 「だが、資金がなければ掘削機も動かない。兵士に弾を渡すこともできない」

 「我々はどこまで差し出せばいいのか……」


 その会話を黙って聞いていた矢代中佐が、静かに口を開いた。

 「現場からすれば、資金がどこから来ようと必要なものは必要だ。だが、金に付いてくる条件は必ず現場に影を落とす。換気シャフトの一本が削られるだけで、兵士が窒息する。数字では測れない代償があることを忘れるな」


 官僚たちは顔を伏せた。紙の上で動く融資の数字と、現場の死活は確かに繋がっている。


転機


 翌日、世界銀行とIMF、そして主要供与国との合同声明が発表された。

 「日本臨時政府に対し、総額百億ドルの初期融資を承認する。ただし反汚職条項、環境影響評価、透明性監査、外交協力を条件とする」


 国内メディアは一斉に報じた。与党は「国際社会の信頼を得た」と胸を張り、野党は「国の独立を売った」と叫んだ。避難民の列では「俺たちの口に入るパンはいつだ」と嘆きの声が上がる。


 財務局長は声明文を読み上げ、深く息を吐いた。これで建設は一歩前進する。だが同時に、国の未来は見えない鎖で国際社会に繋がれたのだ。


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