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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1898/2187

第56章 マップを描く ― 支援国と供与メニューの整理



 外務省の臨時作戦室には、分厚いファイルと電子端末が乱雑に積まれていた。空調は効いているはずなのに、室内の空気はどこか湿っぽく重い。中国とロシアとの戦争が始まって以来、首都東京は核爆発と地震で壊滅し、臨時政府は大和艦上と大阪に分散している。ここで行われているのは、戦場に直接つながる「補給の地図作り」だった。


支援国の提案


 壁際のスクリーンには、各国から寄せられた支援メニューが箇条書きで映し出されていた。

•米国:防空レーダー、短SAM、C-RAM、暗号通信機材

•欧州諸国:弾薬、防護服、医療資材、現地生産ライン提案

•中東諸国:LNG燃料、石油製品、補給船団の護衛

•アジア友好国:工兵部材、発電機、非致死性装備


 どれも重要だった。しかし矢代隆一中佐の目には、支援の文字列の向こうに「条件」が透けて見えた。米国は基地利用権、欧州は市場参入権、中東は高額な長期契約。援助はタダではない。


敵対国の影


 その一方で、会議室の端には「脅威」のリストも赤字で映し出されていた。

•中国:偽情報拡散、物流ルート攻撃、港湾への妨害工作

•ロシア:潜水艦による補給船団監視、サイバー攻撃、極東での航空優勢圧力


 すでに複数の補給船団が中国製UUVによる妨害を受け、航路を迂回した記録がある。ロシア潜水艦は日本海の至る所に影を落とし、燃料タンクを積んだ商船の船腹を常にソナーで睨んでいた。


 「支援の線を描くと同時に、敵の刃を避ける線を描かねばならない」

 矢代はホワイトボードに赤と青の線を重ね、海上ルートと空輸ルートを塗り分けていった。


防空 ― 生存の前提


 まず整理されたのは防空だった。


 「首都圏防空の穴を埋めねば、工事機材も人員も持たない」

 防衛庁の担当官が声を張る。


 米国から提案されたAN/TPQ-53レーダーと短SAMは、迫撃砲や低空ミサイルに対抗できる。だが射程を少しでも伸ばせば「攻撃兵器」とみなされ、国際的批判を招く。欧州の中距離システムは魅力的だが、導入には監査官の常駐が必須条件とされた。


 「外国人が常駐する指揮所など、敵に格好の標的を教えるようなものだ」

 議論は噛み合わなかった。


弾薬 ― 維持か枯渇か


 次に焦点となったのは弾薬供与だった。欧州企業は「ライセンス生産ライン」を日本国内に設置する案を提示してきた。確かに供給の持続性は確保される。だが初期投資は膨大で、品質不良による暴発事故のリスクも高い。


 「一発の不良弾で前線は壊滅する」

 矢代は冷たく言い放った。


 現場の兵士にとっては、書類上の供給枠よりも「今夜撃てる弾」の方が重要だった。


通信とC2 ― 主権の綱引き


 米国は暗号通信装置の供与を提示したが、条件は「監査員常駐」と「運用訓練への米国人派遣」。外務官僚は頭を抱えた。

 「常駐は主権侵害と国内世論が騒ぎ立てる」


 だが矢代は冷静に答えた。

 「訓練に数週間を割けば前線は持たない。主権と生存、どちらを選ぶかだ」


物流 ― 妨害との競争


 資材を運ぶルートの確保は最も厄介だった。


 港湾:横浜・東京は壊滅、千葉木更津と新潟港が候補。しかし中国工作員による倉庫爆破が既に一件発生。

 空港:羽田・成田は使用不能、百里基地と高速道路滑走路が臨時拠点。だがロシア爆撃機が偵察飛行を繰り返していた。

 海上:補給船団は護衛艦と共に分散ルートで航行するが、ソナーに映る「不明潜水体」に怯え続ける。


 夜間輸送のために提案されたのがUUVルートだった。沖合の潜没式ドックに貨物を集め、水中で直接地下施設に接続する。だが一度でも探知されれば全てが水泡に帰す。


政治的コスト


 外務省のホワイトボードには、支援と代償のマトリクスが描かれた。

•米国:防空支援 ↔ 基地利用権

•欧州:弾薬供与 ↔ 市場開放と参入保証

•中東:燃料供与 ↔ 高額LNG契約

•中国:港湾破壊、偽情報、SNS攪乱

•ロシア:潜水艦監視、サイバー攻撃、航空圧力


 支援国は譲歩を求め、敵国は混乱を仕掛ける。両方を相手に立ち回ることは、綱渡りそのものだった。


矢代の一言


 会議が長引き、時計の針が深夜を回ったころ。矢代隆一中佐は静かに立ち上がり、ホワイトボードの地図を見渡した。


 「支援は代償と引き換えだ。妨害もまた犠牲と引き換えだ。

 だが、この線を管理できれば――地下の要塞はただの図面から、国を守る力に変わる」


 誰も言葉を返さなかった。だがその場にいた全員が理解していた。描かれた線は物資の流れではなく、生存と滅亡を分ける境界線なのだ、と。


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