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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1894/2339

第52章 《機甲と航空の残響》



 暁前。房総沖の甲板に潮風が吹き、艦上ではF-35Bのエンジンが低く唸った。離発着区画の赤灯が点滅し、甲板員が手信号を送る。矢代隆一中佐はモニタ越しに出力値と気象を確認し、出撃可否の欄に指先でチェックを入れた。

 「第1飛行、第2シリアル、予定通り。湾岸回廊を南進、内陸へは侵入せず。高度制限8000ft、EMCONはB」

 “EMCON-B”――必要時のみ通信、平時は沈黙。電磁的な影だけを残し、姿は雲へ溶かす。


 同時刻、城南島の廃コンテナ置き場に、黒いUAVケースが三列に並んだ。班長が封印を解くと、折り畳み翼の固定翼UAVと、四発ローターの小型ISRドローンが次々に組み上がる。固定翼は全幅2.6m、航続90分。小型は飛行30分、静粛化ファン搭載。いずれもLPI/LPD(低被探知)指向性リンクを用い、屋上リピータでメッシュ化する。都市の谷間を電波が跳ね、データは地下の深層C2へ沈む。白井真菜は解析端末の前で、通信量のスパイクを凝視した。

 「上り帯域、平均8Mbps。映像はH.265、解像度は720pで十分……遅延120ms、許容内」


 陸は第三師団の10式戦車が受け持つ。総重量44t、120mm滑腔砲、可変自動変速。今日は八両を二個小隊に分け、臨海副都心―品川―三田の三角内を“市街防御形態”で展開する。指揮通信は地上波C2リンク、非常用に有線中継ドラムを携行。矢代は配置図のセクタに赤点を打った。

 「1小隊、レインボーブリッジ下の高架影でハルダウン。2小隊、品川インターの斜路裏。両隊とも発砲扇界を30度に絞れ。熱源はネットで覆い、上空UAVへのIRシグネチャを殺す」

 カモフラネットの端が風に鳴り、エンジンの熱が吸収材の内側に籠る。整備員が耳打ちした。

 「冷却ファンを上げすぎると音が出ます」

 「いい、代わりに停車時間を短くする。二十分ごとに五十メートルずらせ」


 演習が始まった。まずUAV群が高度120mで市街地の“空隙”へ入り、交差点ごとに四秒の俯瞰を撮る。崩落したビルの陰、焼けた車列、熱源は猫と人、そして……金属の塊。白井の画面に白い斑点が現れ、彼女は思わず息を呑んだ。

 「装甲車の残骸……いえ、未爆弾の可能性。座標、35.37N,139.45E。処理を要請します」

 矢代が即答する。

 「EODに振れ。10式は発砲禁止。あくまで偵察誘導のみ」


 数分後、F-35Bが湾岸回廊上空に到達。機外兵装はダミー、センサーは実任務に準ずる。合成開口レーダが海沿いの金属反射を舐め、EO/IRが地上の熱点を拾う。白井のコンソールに多重の層が重なる。レーダの灰、IRの赤、光学の微細な輪郭。

 「第1飛行、ポインタ照合一致。地上UAVの軌跡と相関90%。リンク良好」

 矢代は小さく頷いた。

 「よし。噛み合ってきた」


 午後、10式二個小隊が“都市内機動”の区間に入る。目標は“遮蔽移動―短時間姿晒し―また遮蔽”。120mmの薬室は空、砲塔角は安全域。小隊長の声がインカムに飛ぶ。

 「見通し線、十秒確保、停止三秒、後退二台」

 黒焦げの道路にキャタピラが鈍く刻印を残す。壁面の鏡に自車の輪郭が映り、白井は胸の内で思った――この鉄の塊は、人を守るか、壊すか。その境目は指令一行の言葉で変わる。

 「……人を守る技術と、殺す技術が同じ配線に乗っている」

 彼女の独り言に、側で配線図を見ていた佐伯俊が短く返した。

 「だからこそ、配線の先を選ぶのは人間だ」


 演習後半、艦上のF-35Bが降下プロファイルを試す。万一の市街近接CAS(近接航空支援)を想定し、出力を絞り、旋回半径を広げ、騒音と熱を抑える。甲板に戻る手順は“ショートローリング”。風向、うねり、甲板温度――白井は初めて“生きた飛行データ”を自分の手で捌いた。

 「着艦率、想定より3%低下。原因は海面乱流の位相ずれ……補正テーブル、更新します」

 「いい目だ」矢代が低く言う。「地上の戦車と空の戦闘機が同じ地図を見て動く。そこが肝だ」


 夕刻、深層C2で講評会。壁面一杯のスクリーンに、UAVのポイントクラウドと10式の軌跡、F-35Bのセンサーコーンが重ねられる。白井が報告した。

 「UAVは市街深部で電波影が出ます。屋上リピータの間隔を400m→250mに縮小、バッテリはホットスワップで回す。10式の赤外線被発見率は演習環境で23%。ネットと移動周期の最適化で15%まで下げられます。F-35Bのデータリンクは帯域余裕あり。ただしEMCON-Bを維持するなら、地上からの上りを絞る必要があります」

 矢代が全員を見渡す。

 「今日の評価。撃たない抑止は成立した。次は“撃てるが撃たない”を敵に理解させる段階だ」


 そのまま配備計画のブリーフィングへ移る。

 ①UAV群(ISR)

 - 固定翼24機、小型ローター48機。

 - 常時稼働は固定翼8/ローター16。残りは補修・充電サイクル。

•屋上リピータは250m間隔、都心コアに計120基。

•任務:瓦礫動線監視、即応救難誘導、対砲迫発射源推定。

 ②10式戦車(市街配備)

 - 2個小隊×8両(常置)、予備2両。

 - 配備セクタ:臨海副都心・品川・三田。

 - 運用:停車20分/移動50m/休止5分のサイクル、発砲扇界30度。

 - 補給:弾薬は地下弾薬庫から電動台車、燃料は“湖”経由で一日2回の補給。

 ③F-35B(上空抑止)

 - 艦上4機ローテーション、常時CAP1機+待機1機。

•飛行回廊は湾岸沿い、都市直上の熱・騒音負荷を回避。

•任務:広域ISR集約、データ融合、CASは“発射許可二重承認”で原則抑制。


 白井が手を挙げた。

 「市民区画の真上は飛ばないでください。UAVの巡航高度を20m下げると、騒音苦情が減ります」

 矢代は即答する。

 「反映する。抑止は“見せる”が、“押し付けない”。」


 最後に、矢代は配備計画書の末尾に太字を入れた。

 〈ROE(交戦規定):都市内では“防護優先”。市民区画1km圏での発砲はC2二重承認。航空支援要請は医療・避難動線と必ず相互照合。〉

 黙って読んでいた白井が、そっと紙に触れた。

 「殺す技術と、守る技術が同じ線にいます。だったら――その線に“人”のルールを刻みつけるしかない」

 矢代は短く頷いた。

 「抑止は牙だけじゃない。牙を噛みしめる理性だ」


 夜、格納庫で10式のエンジンが止まり、UAVケースが閉じられる。湾岸の空には、F-35Bが一筋の熱の傷跡を残し、無言で海へ返っていった。翌朝から、計画は“配備”へ移行する。都市の上に、静かな咆哮が広がるはずだった。


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