第47章 《補給の血管》
補給は戦いの芸術だ。弾薬も燃料も医薬も、全ては“継続的に流す”ことで初めて意味を持つ。大手町の深層C2で矢代がそう呟いたのは、燃料の湖と山岳ハブを見た直後のことだった。今、彼らの目の前にあるのは、その血管──補給線を実働させる現場だった。
朝四時、さいたま大宮貨物ヤードは薄闇に包まれていた。貨車が静かに揺れ、作業員はヘッドランプの光でパレットを確認する。今日の列車は20両編成、各車当たり積載20トン、総積載量400トン。主に乾燥食糧(真空パック)、医薬品パッケージ(温度管理ボックス30基)、発電用軽油ドラム(200L×150本)が積まれている。貨車は週に三回、秩父経由で山岳ハブへ直送される。所要時間は保守経路を含め約6時間だ。
岡部が列車の最終検査を終えると、彼は笑顔で手を上げた。
「列車一本で三百人の食糧二日分、医薬は基礎分を補充できます。良いリズムが作れれば、地下都市は回る」
秩父ハブに到着すると作業は昼夜を問わず続く。トラックで来た物資はここで“分流”される。大きなロジスティックの問題は「最終一マイル」、すなわち地下都市への搬入だ。山岳坑道の断面は幅5m高さ4.5mに限定され、大型トラックは入れない。そこで用いられるのが電動台車とモジュールパレットだ。電動台車は積載3トン、蓄電池で稼働し一往復で坑道奥まで15分。ハブでは常に40台の台車が待機し、1日あたり換算で約3,600トンの物資を輸送可能な運行表が組まれている(但し夜間は速度を落とすため効率は70%に低下する)。
燃料に関しては、陸上輸送だけでは足りない。ここで横須賀港の海上ルートが重要になる。護衛艦の一隻が夜間にUUV(無人水中搬送艇)運用の実証を終え、静かに桟橋を離れた。UUVはISOパレットを水中で収容し、沿岸の潜没式サブドックまで運ぶ。そこから潜没式クレーンでパレットを海底トンネル入口の防水ハッチへと送る。横須賀→海底トンネル入口までの潜航は約90分、1隻あたり一回の運行で最大20トンのパレットを運搬できる。海上からの輸送は敵航空の監視を避ける手段として有効だが、UUV自体の保守と航行路の機雷対策が必要で、運用コストは高い。
燃料は鹿島(Kashima)側にある残存パイプライン経由でも供給された。千葉の臨海プラントで精製された軽油は直径200mmの仮設パイプラインで春日部の外郭放水路に送り込まれ、そこで二重ライニングの地下タンクに流し込まれる。ポンプは24時間稼働で、1時間あたり約5㎥(5,000 L)を送る能力。連続稼働で一日120㎥=120,000 Lを補給可能だが、ポンプの燃料消費と呼び水の確保が課題になる。故障発生時の冗長化として、秩父ハブ経由のドラム搬送(200Lドラム×車両)を並行運用している。
補給の眼目は「安定性」と「隠蔽」だ。列車は固定ダイヤではなく、毎回ランダム化した時刻で出発する。海上輸送は夜間・悪天候を利用し、UUV航路は海底地形に合わせて周期的に変更される。さらに補給路には偽装と欺罔が施される。物資の一部は仮倉庫に分散保管され、衛星撮影で目立たぬよう屋根に緑化シートや破砕された瓦礫を散布して覆う。
とはいえ脆弱性は残る。ある晩、秩父ハブからの電動台車が坑道中ほどで突然停止した。台車はバッテリー異常と見せかけていたが、実際には台車の配電盤に切断工作の痕跡があった。岡部が現場に飛び込む。台車一台を修理するのに最低でも4時間、交換バッテリーはハブでの在庫が限られている。だが幸い、作戦予備として保有する手押しカートと人海戦術で翌朝までに重要物資の2割を確保できた。矢代はその夜、現場で作業員と共に泥にまみれていた。
「補給路は血管だ。詰まれば即死だ。詰まらせる奴がいるなら、その前に潰す」彼は腹の底から静かに言った。
また、医薬のコールドチェーン管理も神経質だ。横浜からのワクチン輸送は専用冷凍コンテナ(-20℃維持)で行われ、秩父ハブで一時保管後、坑道内の医療ブロックへは小型冷凍車で搬入される。冷凍装置の稼働停止は致命的で、予備発電機とバッテリーパックは必須だ。
夜が明ける頃、春日部の外郭放水路ではパイプラインの点検が行われていた。白井が流量計の数値を読み取り、眉を寄せる。
「昨日の夜間供給が10%落ちてます。バルブの微妙な閉塞……早急に清掃フィルタを交換しないと」
矢代はうなずき、補給の循環表を手にした。90日維持のためのスケジュールはそこに刻まれている。列車は週三回、海上輸送は週二回、台車の往復数は日間3,600回を下回らない──そんな数値を守るため、彼らは毎日、血管を注視し続けるのだ。
補給とは、静かな戦いである。砲声が鳴らなくても、列車の音が止まれば都市は死ぬ。矢代は貨車の最後のパレットが押し込まれるのを見届け、肩越しに奥多摩の山並みを見た。補給の血管は細く、長い。だが確かに通っている──それが今の東京を生かしている唯一の真実だった。