第46章 《兵器の咆哮》
深層C2が胎動し、燃料と水と医療が整備されつつある中で、最後に残された柱は「牙」だった。地下都市が単なる避難所ではなく、敵を抑止する存在として成立するためには、兵器を組み込み、発射能力を保持しなければならない。
霞ヶ関直下の空洞に、まず搬入されたのは対空ミサイル「03式中距離地対空誘導弾」――通称「中SAM改」だった。トレーラーから降ろされた発射機は分解され、貨物エレベーターで坑道に運び込まれる。組み立ては狭い空間で行われ、ボルトが締め付けられるたびに金属音が響いた。矢代隆一中佐は組み立て現場に立ち会い、整備員に問いかけた。
「ここでの射程は地上展開と変わらんのか」
技術将校が答える。
「坑口から発射すれば最大50kmカバーできます。ただし排気を逃がす縦坑が必須です。連続射撃は三発が限界」
続いて搬入されたのは12式地対艦ミサイル。元々は陸上自衛隊の沿岸防衛兵器だったが、今回は「対地攻撃」に転用される。佐伯俊技官が図面を示しながら説明した。
「12式は改修済みで、GPS/INS誘導に加え、地下通信網とリンク可能です。ここから湾岸部に向けて撃てば、敵上陸部隊を狙えます。ただし発射後の逆探知は避けられません」
矢代は短く言った。
「撃つときは都市全体の死活を賭ける時だな」
さらに地下倉庫には74式戦車の砲塔が持ち込まれていた。車体は不要と判断され、砲塔のみを旋回台に固定し、固定砲台として再利用する計画だ。岡部慎吾一等陸曹が笑みを浮かべた。
「まるで戦国の山城だな。大砲を据えて狭間から撃ち返す……いや、時代が戻ったみたいだ」
兵器群の中で最も注目されたのは、米軍から提供された長距離巡航ミサイル「トマホーク」だった。十数基が分解状態で搬入され、地下の隔壁倉庫に並べられる。矢代は無言でその銀色の胴体を見つめた。
「これを撃てば、敵は必ず核で報復する」
北条雅彦官僚が背後で声を荒げた。
「こんなものを地下都市に隠せば、国際社会は確実に制裁する! 我々はテロリストと同じだ!」
だが矢代は振り返らず、冷たく言った。
「制裁で死ぬのと、侵攻で死ぬのと、どちらが先かの違いだ」
兵器の配置は緻密に計算された。
•対空ゾーン:霞ヶ関地下広場に中SAM改4基、弾数16。坑口射出方式。
•対艦・対地ゾーン:有楽町地下トンネルに12式ミサイル車載型を配置、射程200km。
•固定火砲ゾーン:74式戦車砲塔3基を丸ノ内地下駐車場に設置。
•戦略ゾーン:トマホーク12基を国会議事堂直下の特別倉庫に格納、発射管制は深層C2から。
佐伯は制御盤に向かい、配線を確認していた。
「全システムは量子暗号リンクを通じて同期。指揮命令はC2のみから出せます。二重承認がない限り発射は不可能。暴発のリスクは排除しました」
白井真菜は排気処理の課題を説明する。
「発射時の高温排気は坑道を破壊しかねません。縦坑に耐熱タイルを張り、排気冷却水を注入します。これで十数発までは持ちますが、それ以上は施設が焼けます」
安西洋平衛生兵も意見を述べた。
「発射時に発生する一酸化炭素と粉塵は有毒です。避難民を隣接区画に収容したまま撃てば死者が出ます。発射命令が出れば、必ず全員をシェルターに退避させてください」
矢代は黙って聞いていたが、やがて低く言った。
「抑止は兵器だけで成立するのではない。兵器と“撃てる意思”が揃って初めて成り立つ。敵に知らせる必要はない。ただ、ここに牙があると我々が知っていればいい」
その数日後、地下で初の試射が行われた。ダミーミサイルを縦坑から打ち上げ、房総沖に落下させる。轟音が地下を揺さぶり、粉塵が渦巻く。避難民たちは恐怖に震えたが、兵士たちの顔には微かな誇りが宿った。
北条は試射後の会議で机を叩いた。
「狂気だ! この都市を要塞に変えれば、必ず標的になる!」
佐伯は淡々と答えた。
「すでに標的です。ならば“牙を持った標的”になるしかない」
矢代は報告書に署名し、短く告げた。
「兵器の咆哮は、都市の生存の証明だ。静かな地下では人は死ぬ。だが吠える都市は、まだ生きている」
その声は鉄とコンクリートに反響し、地下都市の隅々に響き渡った。