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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1884/2290

第42章 《副都心の覚醒》



 霞ヶ関の地下が再生の可能性を見せ始めた頃、関東平野の外郭都市にも静かな変化が訪れていた。東京そのものは焼け、津波と核爆発で壊滅したが、その周囲に残された副都心はまだ呼吸を続けていた。さいたま、横浜、千葉、横須賀――それぞれの都市が持つ産業基盤や交通網は、東京地下都市を支える「外郭器官」として動き出そうとしていた。


 埼玉県庁の臨時会議室。北条雅彦復興庁官僚は、矢代中佐と佐伯技官の報告書を机に置き、市職員や自衛隊調整官を前に言葉を選んだ。

 「東京中心部は壊滅しました。しかし地下構造物は再利用可能です。問題は補給と生活資源の持続力です。ここ、さいたまは米・野菜の加工施設と大宮貨物ヤードを抱えている。地下都市を生かすなら、ここを首都圏最大の物流拠点とせざるを得ません」


 職員の一人が疲れた顔で漏らした。

 「つまり……我々が首都を支える胃袋になる、ということですね」


 矢代が低く応じる。

 「秩父の山岳補給ハブと直結させれば、米も乾燥食品も直送できる。地下都市を生かすのは、あなた方の倉庫群だ。軍のトラックは護衛を付ける。市民の安全と同時に兵站を守る」


 佐伯は静かに付け加えた。

 「ただし、物流が軍優先になれば市民生活は不満で溢れます。配分の透明性を確保してください。副都心は軍需工場ではなく、市民を含めた循環の一部として設計されなければ持続しません」


 会議室の空気は重かった。北条は「政治的説明責任」という言葉を口にしながら、内心では市民合意と軍事抑止の両立がほとんど不可能であることを悟っていた。


 一方、横浜では港湾倉庫が慌ただしく動いていた。津波で埠頭の一部は破壊されたが、内陸側の物流施設は健在である。自衛隊の補給部将校は市長代理と倉庫を視察し、医薬品の在庫リストを突きつけた。

 「抗生物質、残り七日分。ワクチンは三分の一が流出。だがここを封鎖したら、地下都市どころか避難民も見捨てることになる」


 市長代理は唇をかみしめた。

 「横浜は首都圏の薬箱だ。ここを守ることが市民を守ることになる……だが軍用と民生用の比率をどうするか。答えを出すのは政治だ」


 千葉では臨海工業地帯が焦点だった。石油化学プラントの一部は炎に呑まれたが、残存施設の再稼働が急がれていた。現地を視察した佐伯とプラント技師は激しく言い争った。

 「安全確認なしに稼働すれば爆発します!」

 「だが燃料を絶てば地下都市は90日どころか30日も持たない!」

 怒号の中、矢代は現場を歩き、錆びた配管やひび割れたタンクを見つめた。ここが動かなければ、東京の再生は夢物語に終わる。その危険を承知で、誰かが決断せねばならなかった。


 そして横須賀。大和の艦橋から港を見下ろしながら、矢代は海自司令官と並んで立っていた。沖合には護衛艦群が展開し、空にはドローン偵察機が旋回している。

 「海上補給路は敵潜水艦に狙われている。だが横須賀を動脈として確保できれば、海から資源を流し込める」

 司令官は静かに頷いた。

 「この港は沈まず残った。ならば再び、首都の盾となろう。米軍の補給艦とも連携する。だが……海を守る代わりに、この街も標的になる」


 副都心での動きは人々の心を揺さぶった。避難民の間では「副都心まで軍事化されたら終わりだ」という噂が広がり、商人たちは「兵器を置けば客は戻らない」と怯えた。北条は会議で頭を抱え、矢代は「犠牲を恐れては国家を守れない」と押し切ろうとし、佐伯は「市民合意なくして都市は持たない」と繰り返した。


 そんな中、白井真菜が小さな声で言葉を紡いだ。

 「……この循環網は、人を生かすためのものです。食糧も、薬も、水も守るための仕組みです。軍事か防災かではなく、両方を成立させなければ意味がありません」


 若手の言葉は震えていたが、会議室を沈黙させる力を持っていた。誰もが答えを持たない中で、その真っ直ぐさだけが唯一の指針のように響いた。


 こうしてさいたまは食糧を、横浜は医薬を、千葉は燃料と工業品を、横須賀は海上補給と防衛を担う「副都心の覚醒」を迎えた。東京は地中に潜り、外郭都市がその血液を送り込む循環系となる。人々の不安と摩擦を抱えながらも、関東全体が「死都を生かす器官」として再編されつつあった。


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