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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1878/2200

第36章 《影の幾何学:月食・日食の理解》



 ある夏の宵、村人たちは広場に集まって空を仰いでいた。満月のはずの夜、月は次第に赤く染まり、やがてその姿を闇に隠していった。子どもたちの悲鳴があがる。


「月が食われていく!」

「これは災いの兆しか、それとも神の怒りか?」


 祭祀層の長老アフは声を張り上げた。

「これは瑞兆だ! 月を覆う影は天が我らを試すしるし。今こそ祈りを捧げよ!」


 村人たちは慌ただしく膝をつき、太鼓を鳴らし始めた。だがその一角で、若い測量士ネフは冷静に観察を続けていた。


影の幾何学


 ネフは地面に棒を立て、砂に図を描いた。

「見よ。月が欠けているのは怪物が食らっているのではない。地球の影が月にかかっているのだ」


 ケムとメリトが身を乗り出す。

「でもなぜ、いつも満月なのに欠けない日が多いの?」


 ネフは静かに答えた。

「それは月の通り道が太陽の道(黄道)から少し傾いているからだ。傾きは約五度。だから満月のたびに必ず影に入るわけではない。だが年に二度ほど、地球の影と月の軌道が重なる“食の季節”が訪れる。そのとき月食や日食が起こる」


 メリトが驚いて言った。

「じゃあ、この赤い月も“計算できる現象”なんだ!」


多周期の干渉


 ネフはさらに説明を続けた。

「月の動きには三つの周期がある。一つは朔望月――新月から新月まで、29.53日。次に交点回帰月――月が軌道の交点を一周するまで、27.21日。そして近点回帰月――月が楕円軌道の近地点から次の近地点まで、27.55日。この三つの周期が重なり合って、食の起こる時期が決まる」


 彼は棒で砂に三本の波を描き、干渉の様子を示した。

「朔望月で満月になり、交点回帰月で軌道が交点に重なるとき、食が起こる。だから毎月ではなく、およそ173日ごとに“食季節”が巡るのだ」


 ケムは目を丸くした。

「だから半年ごとに日食や月食が集中するのか!」


祭祀層との衝突


 だが長老アフは杖を突き、怒声を放った。

「黙れ! 月食は神意の表れだ。若造が砂に線を引いて何が分かる!」


 村人たちはざわめき、二つの立場がぶつかった。

「祈りが月を救うのだ!」

「いや、月食は影の幾何学だ!」


 太鼓の音と議論の声が入り混じり、広場は混乱した。


科学の眼差し


 パネシは両者の間に立ち、静かに言った。

「祈りが心を支えるのは事実だ。だがネフの図が示すように、食には理がある。影は円く、必ず地球の大きさを映している。それを見てギリシアの賢者たちは“地球は球である”と気づいたのだ」


 村人たちは息をのんだ。

「地球が……丸い?」


 ネフは頷いた。

「そうだ。月食はただの恐怖ではない。地球の影を通じて、我らの世界の形を教えてくれるのだ」


反復から周期へ


 やがて月は影から抜け出し、再び白く輝き始めた。村人たちは安堵のため息を漏らした。


 パネシは締めくくった。

「祈りも必要だ。だが記録と幾何学もまた、天の秩序を理解する力となる。月食を数えれば、やがてその周期を知ることができるだろう」


 ケムとメリトは顔を見合わせ、声を弾ませた。

「じゃあ、僕らが数を重ねれば、次の月食も予報できるんだ!」

「そうだ」パネシは頷いた。「反復は周期を生み、周期は未来を示す。暦と同じく、食の予測もまた権威と力となる」


 夜空には白く輝く満月が戻っていた。だが人々の心には、もう一つの影――恐怖と理性の狭間にある問いが残っていた。月食は神意か、幾何か。その答えを求める旅が、次の世代へと続いていく。


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