第29章 《いちばん高くなる高さ(南中高度)は何で決まる?》
夏の終わり、子どもたちは再び広場に集まった。夜空には丸く大きな月が昇り、やがて村の真上に近い高さに差しかかろうとしていた。
ケムは息をのんで叫んだ。
「今日は月がすごく高い! 首が痛くなるくらい!」
だがホルは首を振った。
「いやいや、冬の満月はもっと高く昇ることがある。逆に夏の満月は低くて、地平線すれすれを渡っていくこともある」
子どもたちは目を丸くした。
「どうして? 月は毎日同じ空を通るんじゃないの?」
祭司パネシは杖を立て、地面に大きな弧を描いた。
「月のいちばん高い位置を“南中高度”と言う。だがその高さは決して一定ではない。観測する場所の緯度と、月が通る道――つまり“赤緯”によって決まるのだ」
パネシは説明を続ける。
「まず、地球は球体だ。観測する場所の緯度が高ければ高いほど、空の天体は低く見える。逆に赤道に近づけば、天体は真上に近づく」
メリトがうなずいた。
「だから南の国に行くと、月や星が頭の真上まで昇ることがあるんだね」
パネシは頷き、さらに杖で図を描いた。
「次に、月には“赤緯”がある。これは、天の赤道からの角度だ。月の赤緯が大きければ大きいほど、南中高度は高くなる」
ホルが補足する。
「つまり、南中高度はこう表せる。高度 ≈ 90° − |緯度 − 赤緯|。差が小さければ高く、大きければ低くなる」
ケムは頭をひねった。
「じゃあ、僕たちの村は北の方だから、南中高度は低くなりやすいの?」
「そうだ」パネシが答える。「例えばこの村の緯度を35°としよう。月の赤緯が+23°のとき、南中高度はおよそ 90 − |35−23| = 78°。かなり高く昇る。だが赤緯が−23°のときは 90 − |35−(−23)| = 32°。地平線からほんの少ししか昇らぬ」
子どもたちは驚いて声を上げた。
「同じ月なのに、赤緯によってこんなに違うんだ!」
パネシはうなずき、空を仰いだ。
「だから、冬の満月は高く、夏の満月は低い。太陽と正反対にあるからだ。太陽が冬に低く昇るとき、満月は高くなる。太陽が夏に高いとき、満月は低くなる」
メリトは感嘆の声を上げた。
「なるほど! 満月が太陽の反対にあるってことは、高さも逆になるんだ!」
パネシは厳かに言葉を結んだ。
「南中高度は偶然ではない。地球の丸みと、月の通り道の傾きと、太陽との位置関係がすべて重なって決まる。これを知れば、月がどこまで昇るかを予測できる。村を守る神殿や柱を建てるときも、この知識は欠かせぬのだ」
その夜、子どもたちは首を反らして月を見上げ続けた。月の高さはただの光景ではなく、地球の形と月の軌道が織りなす秩序そのものだった。彼らは初めて、空に“数式の影”を感じ取ったのである。