第28章 《月の“出る方角・沈む方角”が日々ズレるわけ》
ある晩、子どもたちは東の空を見て首をかしげた。昨日は村の杭のそばから昇った月が、今夜は少し北寄りから昇っていたのだ。
「どうしてだろう?」メリトが不思議そうに言った。
「昨日と同じ時刻に見てるのに、出てくる場所が違うんだよ」
ケムも指をさして叫ぶ。
「ほら! あの大きな岩の横から昇ったのに、今日は木の上からだ!」
村人たちもざわつく。月は毎日遅れるだけでなく、出る“方角”まで変わっていた。
祭司パネシは静かに頷き、杖で地面に二本の線を描いた。
「よく見ておけ。太陽も季節によって昇る場所が変わる。夏は北寄り、冬は南寄り。月も同じだ。ただし月は太陽よりも複雑に揺れる」
彼は砂の上に大きな円を描き、中央に地球を置いた。
「地球は太陽のまわりを回っている。その道筋を“黄道”と呼ぶ。太陽はこの黄道に沿って空を移動して見えるのだ」
次に、黄道から少し傾けてもう一つの円を描いた。
「一方、月は地球のまわりを回る。だが月の道は黄道に対して約五度だけ傾いている。この道を“白道”と呼ぶ」
ケムが驚いた顔で聞いた。
「じゃあ月は、太陽の道とはちょっとズレて回ってるんだ!」
「そうだ」パネシは頷く。「だから月の出る位置は、毎日すこしずつ東へ遅れるだけでなく、北寄りになったり南寄りになったりする」
彼は杭を指差した。
「あるときの満月は真東から昇る。だが別の季節には北寄りの東から、また別のときには南寄りの東から昇るのだ。沈む場所も同じように変わる」
メリトは考え込んだ。
「つまり、月の出る場所は“白道の傾き”のせいでずれるんだね」
「その通りだ」パネシは満足げに答えた。「太陽は一年で黄道を一周する。月は一か月で白道を一周する。だから月の方がずっと速く方角を変える」
ホルが補足した。
「だから月の出没は、毎日同じ東西の線に沿うわけじゃない。少しずつ北や南に振れる。その振れが重なって、季節や月齢ごとにまるで違う場所から顔を出すんだ」
パネシはさらに説明を加えた。
「月が黄道と交わる点を“昇交点”と“降交点”と呼ぶ。月はそこで太陽の道と交差する。そのときに食――日食や月食――が起きることもある。つまり方角のズレと食の現象は、同じ原因から生まれているのだ」
子どもたちは目を輝かせた。
「じゃあ、月の出る場所を毎日記録すれば、月の道の傾きがわかるんだ!」
「そうだ」パネシはうなずいた。「杭や石を並べ、昇る位置を代々記録していけば、月の揺れ動く道を地上に写せるのだ」
その晩、子どもたちは地平線に目印の石を置いた。翌日も、またその翌日も、昇る位置に印を残していった。線は東西だけでなく、北へ南へと広がり、やがて扇のような模様を描き出した。
ケムは石列を見て息をのんだ。
「すごい……月の道が広がってる!」
「これが白道の傾きの証だ」パネシが言った。「太陽の道と違い、月はわずかに傾いている。だからこそ毎日、違う場所から現れる」
村人たちは石列を見守りながら静かにうなずいた。月の出没の方角のズレは、不安定な変化ではなく、天が定めた秩序だったのだ。