第25章 《満ち欠けは“影”ではない:月の形が変わるほんとうの理由》
ある晩、子どもたちは広場に集まった。夜空には半分だけ光る月が浮かび、まるで誰かが刃物で切り取ったようにくっきりとした形をしていた。
「どうして半分しか光ってないんだろう?」ケムが首をかしげた。
「雲がかかってるわけでもないのに……」
メリトが横から口を挟んだ。
「前は三日月だったよね。その前は細い糸みたいだった」
「でも、月が欠けていくのは、地球の影がかかっているからじゃないの?」別の子が恐る恐る言った。
その言葉に、祭司パネシはゆっくりと首を振った。
「ちがう。影で欠けて見えるのは“月食”だけだ。普段の満ち欠けは、影ではない」
子どもたちは一斉にざわめいた。「影じゃないの?」「じゃあ何で?」
パネシは焚き火の横に立ち、手元にあった白い石を掲げた。
「よく聞け。月はいつでも半分が太陽に照らされている。丸ごと光っているわけではない。太陽が照らす側と、照らされない側があるのだ」
彼はランプを持たせ、石を“月”に見立てた。ケムが石を持ち、メリトが火のそばに立って“太陽”の役を務める。パネシは地面に立って「地球」としてその石を見つめた。
「見よ」パネシは説明する。
「太陽の光が当たって、石の半分は明るい。だが私の目から見えるのは、そのうちの一部だ。位置が変われば、見える明るい部分の形も変わる」
ケムが石を少し動かすと、光の当たり方が変わり、三日月のような形が現れた。子どもたちは一斉に歓声を上げた。
「ほんとだ! 半分しか光ってないのに、見る場所によって形が変わる!」
パネシは深くうなずいた。
「そうだ。これが満ち欠けの正体だ。地球の影ではなく、太陽と月と地球の位置関係によって、我らが見る形が変わるのだ」
彼はさらに説明を続けた。
「月が太陽と同じ方向にあるとき――それが“新月”だ。月は太陽の光で照らされているが、我らからは暗い側しか見えぬから、姿を消す」
「太陽と月が直角に離れたとき、半分が光る。これを“上弦”や“下弦”と言う。太陽と反対側にあるとき――それが“満月”だ。光る半分を丸ごと見ることができる」
子どもたちは焚き火の周りでそれぞれ役を変えながら、太陽・地球・月の配置を再現した。三日月、半月、満月……形が次々と変わり、彼らの目は輝いていった。
メリトが感嘆の声を上げる。
「じゃあ月は“生まれて、満ちて、欠けて、消える”っていうより、いつも半分光ってるんだね!」
「その通りだ」パネシが答えた。「月は生まれたり死んだりしているわけではない。姿を変えているのは、我らの見方なのだ」
アフが腕を組んで言った。
「じゃあ、その繰り返しはどれくらいの周期なんだ?」
パネシは空を見上げ、静かに告げた。
「新月から次の新月まで――約二十九日半。これを“朔望月”と呼ぶ。ひと月のもとになった数だ」
子どもたちは驚いて顔を見合わせた。
「だから月を数えれば日数がわかるんだ!」
「これが最初のカレンダーなんだね!」
焚き火の炎が大きく揺れ、空には半月が高くかかっていた。パネシは締めくくるように言った。
「満ち欠けを知れば、日を数えることができる。狩りの時期、種まきの時、祭りの日――すべて月が教えてくれるのだ。月は影ではなく、光の秩序を刻む時計なのだ」
子どもたちは静かに月を見上げた。そこにあるのは、ただの夜の飾りではなかった。時間を刻み、暮らしを導く、天からの贈り物だった。