第24章 《月を“どう見るか”の地図づくり》
夜明け前の村はまだ冷え込んでいた。広場には子どもたちが集まり、焚き火の煙が白く昇っていく。そのそばに、一本の長い棒杭が突き立てられていた。
祭司パネシは杖を持ち、集まった人々に言った。
「今日は“空の地図”を作る。月を見上げるとき、どこにあるかを言葉で表す道具が必要だ。方角と高さだ」
ケムが目を丸くした。
「月がどっちから昇って、どっちに沈むか……ってこと?」
「その通りだ」パネシは頷いた。「だが“東”“西”と言うだけでは足りぬ。空は広い。だから地平線を基準にして、空を“度”で測る」
彼は杭を指さし、地面に線を引いた。方位磁石を取り出し、北を確かめると、子どもたちに言った。
「ここが東、ここが西。月はおおむね東から昇り、西へ沈む。だが、毎日同じではない。少しずつずれるのだ」
メリトが首をかしげた。
「じゃあ、南は?」
「南は、天体がいちばん高くなる場所――これを“南中”と言う」
パネシは焚き火の光で杭の影を見せながら説明した。
「昼の太陽も、夜の月も星も、東から昇り西へ沈む。だがその途中、いちばん高くなるときがある。その瞬間、影はもっとも短くなり、天体は南にある。だから“南中”だ」
ホルが補足した。
「真ん中ってことだよ。空のてっぺんじゃないけど、その日にいちばん高いところを通るんだ」
子どもたちは空を仰いだ。満月前の月が西に傾き、夜の名残を照らしている。ケムが小さな手を伸ばして言った。
「じゃあ、あの月が南中したときはもっと高かったんだね!」
「そうだ」パネシは笑った。「もし観測を続ければ、その高さが日によって変わることも分かる。だがまずは“言葉”を持たねばならぬ。方位と高度で、月の場所を地図に写すのだ」
彼は続けた。
「高度とは、地平線を0°、真上を90°とした角度だ。月が地平線すれすれなら0〜10°、頭の真上なら90°に近い」
アフが手を挙げた。
「拳ひとつ分で約10°だな」
パネシはうなずいた。
「そうだ。空を測るには自分の体が物差しになる。だから誰でもどこでも観測できる」
メリトは両腕を伸ばし、拳を空に並べて笑った。
「ほんとだ! あの月まで五つぶんくらい!」
パネシは満足げに見渡した。
「こうして“空の座標”をつければ、月がどこから出て、どこで沈み、どの高さを通ったかを記録できる。これが空を読む最初の地図なのだ」
子どもたちは石板に方角と高度を書き込んだ。東=昇る、西=沈む、南=いちばん高い。北は基準。焚き火に照らされる板の文字は、まだ幼い字ながらも新しい知識を刻んでいた。
パネシは最後にこう締めくくった。
「人は地を歩くために地図を持つ。空を読むためにも、地図がいる。これから我らはその地図をもとに、月の満ち欠けや出没の秘密を学んでいくのだ」
その夜、子どもたちは月が沈む方角を見届け、明日も観測しようと胸を高鳴らせた。彼らの足元には地平線、頭上には無限の空。そこに初めて“測れる秩序”が与えられたのだった。