第23章 天動説から地動説へ:天空を一から観測するということ」
木造の梁がむき出しの広間に、生徒たちが車座になって座っている。窓の外には四国の山並みが青く連なり、まだ復興途中の仮設校舎の庭に植えられた幼い桜の木が風に揺れていた。机はなく、ノート端末と星図を描いた紙だけが膝の上にある。
先生は黒板の代わりに広げられた白布の前に立ち、手に竹の棒を持っていた。
「さて、みなさん。今日は“なぜ天動説から地動説に至るのに、何世紀もかかったのか”という話をします」
生徒の一人が首をかしげた。
「だって、地球が回っているって、今では当たり前じゃないですか。なんで昔の人はそんなことに気づけなかったんですか?」
先生は頷き、棒で床を軽く叩いた。
「その疑問こそが、今日の授業の核心です。現代に生きる私たちは宇宙船の写真やシミュレーションを見て育っています。でも古代の人々は、ただ空を見上げて、目と心で理解するしかなかった。つまり出発点は“観測と記録”なんです」
1. 太陽の一年の道
「まず、太陽。毎日、東から昇り西へ沈む。これは誰でもわかりますね。けれどよく記録すると、太陽の昇る位置は一年をかけて少しずつ北へ、南へと振れていく。夏至には北寄りから昇り、冬至には南寄りから昇る。正午の高さも変わります。これを一周して戻るのにかかる時間が“一年”。」
先生は布の上に簡単な線を描いた。
「古代エジプトや中国の人々は、この太陽の動きを“季節の時計”として捉えた。農耕の暦がそこから生まれました。太陽だけを見れば、『大地は動かず、太陽が回っている』と考えるのは自然でしょう」
2. 月の29.5日という半端
「次に月です。月はさらに身近な時計でした。三日月から満月へ、満月から新月へ――およそ29.5日で一巡する。これを“朔望月”といいます。人々はこれを“ひと月”の単位にしました。
しかし、ここで大きな問題が生じます。12か月を数えても354日しかなく、太陽の一年と比べると11日も短い。毎年、季節と暦がずれてしまうんです。」
生徒が驚いた顔をした。
「だから閏月とかを入れたんですか?」
「そう、その通り。古代の人々は必死に調整しました。でも満ち欠けだけでは足りない。月はさらにやっかいで、昇る位置や時刻が毎日変わり、周期も複雑に入り組んでいる。皆既月食のような現象は、もはや神話や宗教で説明するしかなかった。『目で見えているのに、理解できない』というのが月の正体なんです」
3. 金星の不思議な動き
「さて、惑星の代表として金星を見てみましょう。金星は太陽の近くでしか見えません。“明けの明星”か“宵の明星”として輝きます。
でも観測を続けると、金星はしばらく夕方に見えたかと思うと、ある日ぱったり消え、しばらくして今度は明け方に現れる。周期は約1年半。この奇妙な挙動は古代の人々を混乱させました」
先生は生徒に問いかけた。
「もし皆さんが古代人なら、この動きをどう説明しますか?」
一人の生徒が手を挙げた。
「太陽の周りを小さな円で回ってるって考えたら説明できるかも」
「まさにそれが地動説に近づく発想です。しかし古代では“すべての天体は地球を中心に回る”という直感が強すぎて、金星の動きは複雑な“周転円”でごまかされ続けたんです」
4. シリウスの安定した光
「ではシリウス。夜空で最も明るい恒星です。エジプトでは、このシリウスが夜明け前に東の空に姿を現すと、ナイル川の氾濫が始まると信じられていました。これは実際に年ごとの季節と一致しており、極めて信頼できる指標だったんです。
だから古代人にとっては、太陽とシリウスの関係は“規則正しい自然の秩序”の象徴であり、月や惑星の不規則さに比べると、はるかに理解しやすかった。」
5. 天動説の自然さ
先生は竹棒を手に取り、ゆっくり回した。
「さあ、ここで考えてみましょう。
•太陽は毎日東から昇って西に沈む。
•月も同じように動くが、複雑でとらえにくい。
•金星や火星の惑星は、時々逆行するなど奇妙な動きを見せる。
•恒星は一枚の星空として規則的に回っているように見える。
――これらをまとめると、“地球が動かず、天が回っている”と考える方が、古代人にははるかに自然だったんです」
生徒たちはうなずいた。
「つまり地動説って、直感には反するんだ」
「そうです。直感ではなく、長期の観測記録と数学的な整理が必要だった。だからこそ何世紀もかかったのです」
6. 観測と記録の力
「バビロニアの書記たちは数百年にわたり、月の出没や食の記録を粘土板に残しました。ギリシアの天文学者ヒッパルコスは星の位置を体系化し、プトレマイオスは『天動説』を精緻な数学モデルに仕上げた。
一方で、コペルニクス、ケプラー、ガリレオが現れるのは紀元1500年を過ぎてから。彼らができたのは、まさに“数世紀分の観測記録”があったからです。そこから逆に『地球が動いている方がシンプルに説明できる』と気づいたわけです」
7. 2025年の新寺子屋で学ぶ意味
先生は視線を巡らせ、生徒一人ひとりを見た。
「今、私たちはAIを使ってシミュレーションすれば、地動説の必然性を一瞬で理解できる。でも、それだけでは浅い理解で終わってしまう。
重要なのは、古代の人々が“なぜ迷ったのか”を体感すること。観測と記録を重ねて、初めて迷宮を抜けられる。AIとの共同思考を始めるスタートラインは、まさにそこにあるのです」
生徒の一人がゆっくりと呟いた。
「じゃあ、僕らも一から観測してみよう。月の出る時刻や位置を毎日メモして、星図に書き込むんだ」
先生は深く頷いた。
「その意気です。皆さんが実際に観測を重ねること。それが古代から現代へ続く“長い道のり”を、自分自身の体で追体験することになるのです」
まとめの言葉
夜の帳が下り、寺子屋の外に月が昇り始めた。窓の外を見上げた生徒たちは、それぞれのノート端末を開き、最初の観測記録を書き込んだ。
「太陽、月、金星、シリウス――。空にある光を数え、記録し、考えること。そこから地動説へ至るまでの苦難の道を感じること。それが2025年の私たちに与えられた最初の課題です」
先生の言葉に、生徒たちは真剣な眼差しでうなずいた。外の空には、満ちてゆく月と、やがて東の空に昇る金星の光が約束のように輝いていた。