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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1864/2254

第21章 複雑さの迷宮:出没位置と時刻の揺らぎ



 ある春の夜、村人たちは祭礼のために集まっていた。

 広場に立つ若者ケムは東の地平線を指差し、仲間に言った。

「満月は必ず東から出るはずだ。だから今夜も、あの杭の延長線から昇るに違いない」


 人々は息をのんで待った。やがて月は昇ったが、その位置は杭から大きく外れ、北寄りの方角だった。群衆はざわめいた。

「なぜだ? 昨日はあの杭の近くだったのに!」


 子どもたちは混乱し、大人たちは不安げに空を仰いだ。


毎日ずれる月の出時刻


 祭司パネシは群衆をなだめながら語った。

「月は毎日同じ時刻に出るわけではない。太陽と違って、約一刻(およそ50分)ずつ遅れて昇るのだ」


 ケムが驚いた声を上げる。

「どうしてそんなに遅れるの?」


 パネシは杖で地面に円を描いた。

「地球は自ら回りながら太陽の周りを巡る。月もまた地球の周りを東へ進む。地球が一度自転しても、月はすでに先へ逃げている。だから地球はもう少し余計に回らねばならない。その分、月の出は遅れるのだ」


 人々はうなずいたが、すぐに首をかしげた。

「だが毎日きっちり50分ではないぞ。昨日は半刻しか違わなかった」


 パネシは深いため息をついた。

「そうだ。50分は目安にすぎぬ。季節や軌道の傾きによって前後する。だから理解が難しいのだ」


出没位置の変化


 さらに人々を惑わせたのは、月が出入りする方位の揺れだった。

 北寄りの東から昇る夜もあれば、南寄りから顔を出す夜もある。沈む位置も同様に大きくずれる。


 ネフが説明した。

「月の道――白道は、太陽の道――黄道に対して約5度傾いている。そのため、月は真東や真西ではなく、季節と位相によってさまざまな位置から昇り沈むのだ」


 ケムは唇を噛んだ。

「シリウスは毎年ほぼ同じ位置から昇るのに。なぜ月はこんなに気まぐれなんだ?」


南中高度の上下


 やがて月が天頂に近づくと、また別の疑問が浮かんだ。

「去年の満月は高く昇ったのに、今年は低いではないか!」


 パネシは答えた。

「それは季節のせいだ。満月は太陽の反対側にある。冬に太陽が低いと、満月は高く昇る。夏に太陽が高いと、満月は低くなる」


 村人たちはようやく納得したが、同時に困惑も深めた。

「つまり月の形、出る時刻、出る場所、高さ……全部が変わるのか」


混乱の結果


 この複雑さは、人々の直感を裏切り続けた。

•金星なら「朝か夕方に輝く」

•シリウスなら「季節ごとに決まった時に現れる」


 だが月は――

•毎日50分前後ずれて昇り、

•出没位置も日ごとに変わり、

•高さも季節によって上下する。


 満ち欠けが単純なリズムを与えてくれる一方で、その背後にある「位置と時間の揺らぎ」は古代人の理解を拒み、神話や占星術の題材として吸収されていった。


まとめ:迷宮としての月

•月は太陽の次に明るく、形の変化はわかりやすい。

•しかし出没の時刻と位置は複雑で、直感では予測しにくい。

•この矛盾こそが「最も身近なのに理解できない天体」とされた原因だった。


 焚き火の下、ケムは小さく呟いた。

「月は人をからかっているみたいだな。まるで迷宮に足を踏み入れたみたいだ」


 パネシはその肩に手を置き、低く答えた。

「迷宮を抜けるには、記録と忍耐が要る。やがてその先に、真の秩序が見えてくるだろう」


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