第18章 神殿を北へ向けよ
夜明け前、村の広場は異様な静けさに包まれていた。砂地には、昨日までに打たれた杭と縄が残り、真東―真西と真南―真北の線が交差している。そこに、これから新しい神殿の基礎が定められるのだった。
祭司パネシが中央に立ち、深く息を吐いた。
「太陽は東西を示し、星は北を示した。今日、我らはその二つの力を結び、この地に秩序を映す」
子どもたちと村人たちは息を呑み、建築師ホルが縄を手にした。
ケムが小声で囁く。
「ねえ、神殿ってどうして北を基準にするの?」
パネシは彼の方に目を向け、静かに答えた。
「北は揺るがぬ方角だからだ。太陽は昇り沈む。季節によって道を変える。だが北は、沈まぬ星と共に常に在る。だから神殿の柱を北に合わせれば、永遠に狂わぬ」
メリトは感嘆の声を上げた。
「じゃあ神殿そのものが、天の秩序を写した姿になるんだ!」
ホルが縄を張り、東西の線に直角に南北の線を合わせていく。杭が打ち込まれるたび、砂地に描かれた見えない「十字」がくっきりと形を成していった。
農夫アフが腕を組んで言う。
「畑を耕すときも、川に合わせて列を作る。だが神殿は川ではなく、天に合わせるのだな」
パネシは力強く頷いた。
「そうだ。人の暮らしは川に従うが、祈りと魂は天に従う。この神殿はその結び目となる」
やがて夜が明け、太陽が東の地平から顔を出した。光が東西の杭を照らし、その延長線の上を真っ直ぐに走った。
ケムが声をあげる。
「太陽が道を照らしてる!」
次の瞬間、西の杭の先に沈まぬ星トゥバンがまだかすかに輝いていた。メリトが指を差す。
「見て! 北の星もまだ残ってる!」
村人たちは驚きの声を上げた。夜明けの光と夜の星、その両方が確かに交わり、神殿の基準を示していた。
パネシは両手を広げて宣言した。
「聞け! 東西は太陽が示し、南北は星が示す。天地の二つの証がここで交わり、四方が揃った! 今、この地は神々の秩序と一つになった!」
人々は歓声を上げ、太鼓と歌が鳴り響いた。
ホルが最初の大きな石を縄の交点に据えた。村人たちが力を合わせて押し、石はゆっくりと基礎に収まった。子どもたちも小石を拾い、杭のまわりに並べていく。
ケムはその光景を見つめ、胸を高鳴らせて言った。
「僕らが作っているのは、ただの建物じゃない。天の地図なんだ!」
メリトは頷き、手にした小石を大切に置いた。
「太陽と星が教えてくれた道を、私たちの手で大地に描いてるんだね」
やがて基礎の石列が完成すると、パネシは静かに祈りを捧げた。
「大地よ、天と交わりて秩序を受けよ。この神殿は星の柱に従い、永遠の北に向けて建つ。ここに祈りを捧げる者は、迷わず神々の道を歩むであろう」
村人たちはひざまずき、東から昇る太陽と北に残るトゥバンの光を仰いだ。
夜と昼、太陽と星。その両方が示す線の上に、初めての神殿が築かれようとしていた。
それは単なる建築ではなく、天地の秩序を大地に刻む行為であった。
ケムとメリトは並んで空を見上げた。
「もう夜も昼も怖くないね。天がいつも道を示してくれる」
「うん、きっとこれから先もずっと」
その声は朝の光に溶け、ナイルの流れに乗って遠くへ運ばれていった。