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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1859/2254

第16章 トゥバンを指すとき




 その夜、広場には縄と杭が並べられていた。焚き火の火が揺れ、村人たちが星空を仰ぐ。建築師ホルが長い縄を両手で持ち、祭司パネシの指示を待っていた。


「今宵は北を定める」パネシが低く言った。「東と西は太陽が教えてくれた。だが南と北を知るには、この夜空に頼らねばならぬ」


 子どもたちは興奮気味に空を見上げた。ケムが指を差す。

「あの沈まない星たちがぐるぐる回ってる! じゃあ真ん中が北なんでしょ!」


 パネシは頷きながらも厳しい声で答えた。

「だが“真ん中”を肉眼で掴むのは難しい。星々の動きは緩やかで、中心は目には見えぬ。ゆえに人は工夫を重ねたのだ」


 ホルが縄を張りながら口を開いた。

「そのために使うのが二つの星――周極星の組み合わせだ。夜更けに一直線に並んだ時、その線を延ばせば北に届く」


 メリトが目を輝かせる。

「二つの星をつなぐと、北が分かるの?」


「そうだ」パネシは静かに頷いた。「やがてその延長上に輝くのが、トゥバン。完全に止まってはいないが、北に最も近い星だ」


 時間が過ぎ、夜空の星々はゆっくりと位置を変えていった。やがて二つの明るい周極星が直線を描き、その先に淡く光るトゥバンが浮かんだ。


 ホルが縄をその方向へぴんと張り、杭を打ち込む。

「これが北だ!」


 ケムとメリトは目を見開いた。

「本当に……縄と星が一直線になった!」

「じゃあこの杭が、北を示すんだね!」


 農夫アフが驚きと感嘆の入り混じった声をあげた。

「太陽がなくても、昼でなくても、これで北が分かるのか……」


 パネシは静かに答えた。

「そうだ。昼は影を見よ。夜は星を見よ。両方が同じ線を示す。それが天地の秩序だ」


 メリトは杭の上に手を置き、夜空のトゥバンを見つめた。

「この星は少し揺れるけれど、それでも北に最も近い……だから目印になるんだね」


 パネシはその言葉に頷き、柔らかい声で告げた。

「その通り。完全な静止は神々の領域だ。だが人は、揺らぎの中に秩序を見出す。トゥバンはその象徴だ」


 夜が更け、風が冷たさを増す。ホルは打ち込んだ杭を確認し、満足げに息をついた。

「これで神殿の基準が定まる。柱も壁も、この線を背骨とすれば、決して狂わぬ」


 アフはうなずき、村人たちに向かって言った。

「これから旅に出るときも、この星を見れば道を失わないだろう」


 ケムが胸を張って言った。

「昼は太陽、夜はトゥバン! これでいつでも帰れる!」


 メリトは空を仰ぎ、静かに呟いた。

「星が道を教えてくれるなんて……夜が怖くなくなった気がする」


 パネシは二人の肩に手を置き、深い声で結んだ。

「覚えておけ。この星を仰ぎ、杭を打った夜を。我らは初めて“北”を知ったのだ」


 トゥバンは淡く輝き続け、村人たちの心に北の確信を刻み込んだ。


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