第16章 トゥバンを指すとき
その夜、広場には縄と杭が並べられていた。焚き火の火が揺れ、村人たちが星空を仰ぐ。建築師ホルが長い縄を両手で持ち、祭司パネシの指示を待っていた。
「今宵は北を定める」パネシが低く言った。「東と西は太陽が教えてくれた。だが南と北を知るには、この夜空に頼らねばならぬ」
子どもたちは興奮気味に空を見上げた。ケムが指を差す。
「あの沈まない星たちがぐるぐる回ってる! じゃあ真ん中が北なんでしょ!」
パネシは頷きながらも厳しい声で答えた。
「だが“真ん中”を肉眼で掴むのは難しい。星々の動きは緩やかで、中心は目には見えぬ。ゆえに人は工夫を重ねたのだ」
ホルが縄を張りながら口を開いた。
「そのために使うのが二つの星――周極星の組み合わせだ。夜更けに一直線に並んだ時、その線を延ばせば北に届く」
メリトが目を輝かせる。
「二つの星をつなぐと、北が分かるの?」
「そうだ」パネシは静かに頷いた。「やがてその延長上に輝くのが、トゥバン。完全に止まってはいないが、北に最も近い星だ」
時間が過ぎ、夜空の星々はゆっくりと位置を変えていった。やがて二つの明るい周極星が直線を描き、その先に淡く光るトゥバンが浮かんだ。
ホルが縄をその方向へぴんと張り、杭を打ち込む。
「これが北だ!」
ケムとメリトは目を見開いた。
「本当に……縄と星が一直線になった!」
「じゃあこの杭が、北を示すんだね!」
農夫アフが驚きと感嘆の入り混じった声をあげた。
「太陽がなくても、昼でなくても、これで北が分かるのか……」
パネシは静かに答えた。
「そうだ。昼は影を見よ。夜は星を見よ。両方が同じ線を示す。それが天地の秩序だ」
メリトは杭の上に手を置き、夜空のトゥバンを見つめた。
「この星は少し揺れるけれど、それでも北に最も近い……だから目印になるんだね」
パネシはその言葉に頷き、柔らかい声で告げた。
「その通り。完全な静止は神々の領域だ。だが人は、揺らぎの中に秩序を見出す。トゥバンはその象徴だ」
夜が更け、風が冷たさを増す。ホルは打ち込んだ杭を確認し、満足げに息をついた。
「これで神殿の基準が定まる。柱も壁も、この線を背骨とすれば、決して狂わぬ」
アフはうなずき、村人たちに向かって言った。
「これから旅に出るときも、この星を見れば道を失わないだろう」
ケムが胸を張って言った。
「昼は太陽、夜はトゥバン! これでいつでも帰れる!」
メリトは空を仰ぎ、静かに呟いた。
「星が道を教えてくれるなんて……夜が怖くなくなった気がする」
パネシは二人の肩に手を置き、深い声で結んだ。
「覚えておけ。この星を仰ぎ、杭を打った夜を。我らは初めて“北”を知ったのだ」
トゥバンは淡く輝き続け、村人たちの心に北の確信を刻み込んだ。