第15章 沈まぬ星を追って
翌晩、ナイルの川辺には再び村人たちが集まっていた。子どもたちはわくわくしながら空を仰ぎ、祭司パネシは杖を握って北の空を指差した。
「今日は一晩中、あの星々を見守るのだ。昇りも沈みもせず、夜を通して輝き続ける星があることを確かめよ」
焚き火がはぜ、村人たちの影が砂地に伸びる。
夜半近く、ケムが立ち上がり、驚いた声をあげた。
「師よ! 南や西の星はどんどん沈んでいくのに、北の空のあの星たちは消えない!」
メリトも両手を広げて叫ぶ。
「ほら! あの三つ並んだ星は、昨日も夜明けまで見えていた!」
パネシはゆっくり頷いた。
「それが“沈まぬ星”――周極星と呼ばれるものだ。北の空で円を描きながら、決して地平に沈まぬ。神々の座にある永遠の星々だ」
村人たちがざわめいた。農夫アフが深く息を吐く。
「沈まない星……ならば、死んだ後も消えずに残るのか」
パネシはその言葉を受けて声を強めた。
「そうだ。だから王の魂もまた、死後は沈まぬ星と共にあるとされる。永遠の命の象徴だ」
子どもたちは目を輝かせた。ケムが言った。
「じゃあ、あの星たちは神様の目印なんだ!」
しばらくすると、メリトが疑問を口にした。
「でも師よ……沈まないといっても、よく見ると少しずつ位置が変わっているよ」
ホルがうなずいた。
「確かに。東や西の星はまっすぐ沈むが、北の星は円を描くように動いている」
パネシは杖で砂に円を描きながら答えた。
「よく気づいたな。沈まぬ星々は天の輪の上を回っている。だが中心に近いほど動きは小さく、ほとんど揺るぎがない」
ケムがはっとしたように声を上げた。
「じゃあ、その中心を探せば……北が分かるんだ!」
村人たちの間にざわめきが広がった。アフが感嘆の声を漏らす。
「北を知れば、川沿いでなくても旅ができる。狩りに出ても迷わず戻れる……」
ホルは焚き火の明かりで顔を照らしながら言った。
「そして神殿を建てるとき、この線を基準にできる。柱も壁も、天と地の秩序に合わせられるのだ」
夜明け前、空が白み始めても北の星々は消えずに残っていた。中心に近い一つの星――**トゥバン(りゅう座α星)**が、かすかに輝いている。
パネシはその光を指差し、厳かな声で告げた。
「見よ。完全に止まっているわけではないが、この星こそ北の柱に最も近い。だからこそ、我らはこれを目印とするのだ」
ケムが胸を張って叫んだ。
「昼は太陽が道を示し、夜はトゥバンと沈まぬ星が道を示すんだ!」
メリトも声を重ねた。
「太陽と星、両方が私たちを導いてる!」
その言葉に村人たちは深くうなずいた。アフは目を閉じ、静かに呟いた。
「昼も夜も、天は我らを見守っているのだな……」
焚き火が消えかけ、朝の鳥の声が響いた。人々は心に新たな確信を刻んだ――沈まぬ星々は、夜の秩序を示す羅針盤であると。