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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1857/2229

第14章 動く星と動かぬ星




 ナイルの水面は月光に照らされ、銀の帯のようにきらめいていた。風はほとんどなく、川辺に並ぶ葦がわずかに揺れるだけ。村の子どもたちは広場に集められ、焚き火の灯りを背に夜空を見上げていた。


 老祭司パネシが杖を握りしめ、静かに言った。

「よいか。今日お前たちに見せるのは、太陽ではなく“夜の太陽”だ」


 子どもたちは顔を見合わせた。ケムが小声でささやく。

「夜に太陽なんてあるの?」

メリトが肩をすくめる。

「きっと星のことを言ってるんだわ」


 パネシは微笑み、北の空を指さした。

「見よ。頭上から西の方へ流れる星々を」


 子どもたちは息をのんだ。無数の星が、ゆっくりとだが確かに動いている。


 ケムが声を上げた。

「本当だ! さっきあの星はあの木の上にあったのに、今はもうずれてる!」


 メリトも目を凝らした。

「こっちの星も! みんな少しずつ西の方へ流れてる!」


 建築師ホルが焚き火に木をくべながらうなずいた。

「星は夜ごとに昇り、沈む。太陽と同じようにだ」


 パネシは厳かな声で続けた。

「その通り。大半の星は東から昇り、西に沈む。だが……すべてがそうではない」


 メリトが首をかしげた。

「全部が沈むんじゃないの?」


 パネシは北の空を杖で示した。

「よく見よ。あそこだ。あのあたりの星々は、夜が更けても沈まぬ」


 子どもたちは目を凝らした。たしかに、北の空に並ぶ星は、他の星のように沈まず、同じ場所で瞬き続けているように見えた。


 ケムが驚きの声をあげる。

「動いてない! あの星は動かないんだ!」


 メリトは息を弾ませながら叫んだ。

「夜が始まってから、ずっと同じところにある!」


 パネシはゆっくりと頷いた。

「その星の名は“トゥバン”。りゅうの背にある星だ。完全に止まっているわけではないが、他の星よりもずっと動きが小さい。だから人はこれを“動かぬ星”と呼ぶ」


 ホルが口を挟んだ。

「建物を建てる時、南北をまっすぐに通すには難儀する。だがこの星を基準にすれば、大きな狂いは出ない。大いなる神殿を立てる時、この星は道しるべとなる」


 農夫アフも感慨深げに言った。

「川沿いでなくても、この星を目印にすれば帰れるかもしれぬな……夜に迷わず歩けるなんて」


 ケムは目を輝かせ、メリトに言った。

「ねえ、じゃああの星が“北”なんだね!」


 メリトは少し考えて首を振る。

「でも師が言ったでしょ。止まっているように見えて、少しずつ動いているって」


 パネシは杖を地に突き、子どもたちに向き直った。

「よく気づいたな。確かに、トゥバンは完全に動かぬわけではない。だが、北の空を見れば、星々が円を描くように回っているのが分かるはずだ。その輪の中心に近いほど、動きは小さくなる」


 ケムがはっとしたように叫ぶ。

「じゃあ、動かないように見える星は、輪の真ん中に近いんだ!」


 パネシは深く頷いた。

「そうだ。だからこそ、それを北の目印として用いるのだ」


 子どもたちはしばらく黙って北の空を見つめた。星々がわずかに位置を変えながらも、その中心付近にある星は揺るぎなく輝いていた。


 メリトがぽつりとつぶやいた。

「太陽が東と西を教えてくれるなら……夜はこの星が北を教えてくれるんだね」


 パネシは静かに目を閉じ、言葉を結んだ。

「その通りだ。人は昼も夜も、天に目を向ければ道を失わない。太陽と星――二つの光が、我らに秩序を与えてくれるのだ」


 焚き火の炎が弾ける音が響き、子どもたちは目を輝かせたまま星空を仰ぎ続けた。

その夜、彼らは初めて「動かぬ星」を心に刻み、北という方角を知る入口に立ったのであった。


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