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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン15
1856/2187

第13章 東西が先に決定された日



 まだ空が薄墨色に沈んでいる時刻。ナイルの川面は静まり、冷たい風が頬を撫でた。丘の上には杭が並び、子どもたちが息を潜めていた。老祭司パネシと、その弟子たちケムとメリトも、固唾をのんで東の地平を見つめていた。


「よいか、もうすぐだ」パネシが低く言った。

「今日の太陽は、真ん中の杭から昇る。神々が示す均衡の日だ」


 ほどなく、赤い光が地平を染め、太陽が杭の先から顔を出した。村人たちが歓声をあげ、子どもたちも目を見開いた。


「ほんとうに真ん中から!」ケムが叫ぶ。

メリトも息を弾ませた。

「昨日までは少し南だったのに……今日はぴったり真東!」


 太陽が昇り切ると、パネシは杖で杭を示した。

「見よ。太陽は毎日昇るが、その場所は季節で変わる。だが、この日――春分と秋分には必ず真ん中から昇る。これが“真東”だ」


 ケムが首をかしげる。

「でも、南や北はどうやって分かるの?」


 パネシは少し考えてから答えた。

「南北は太陽の影を追えば分かる。だが影は動き、最短を見極めるには時を待たねばならぬ。北極の星もあるが、動かぬように見えてわずかに揺れておる。完全に頼るのは難しい」


 メリトが口を挟む。

「でも太陽は毎日必ず昇って沈む! 東と西はすぐ分かる!」


 パネシは満足げに頷いた。

「その通りだ。ゆえに最初に人が知ったのは“東”と“西”だ。南北を知るのはその後だ。東西は太陽が示す最も分かりやすい秩序なのだ」


 その日の昼、広場で弟子たちは棒杭を立て、影の動きを観察した。影は長く伸び、徐々に短くなり、再び伸びていった。


 ケムが額に汗を浮かべて言った。

「師よ、影はたしかに動いてるけど、いつが一番短いのか分かりにくい!」


 メリトも困った顔をする。

「朝と昼の境目はすぐには分からない。やっぱり夜明けや夕暮れのほうが簡単だよ」


 パネシは杖を地面に突き、真剣な声で言った。

「それこそが真理だ。南北を見出すには時間と根気がいる。だが東と西は一目で分かる。ゆえに神殿もまず東西に合わせて建てられるのだ」


 夕暮れ。太陽は赤く燃え、西の杭の真ん中に沈んでいった。川の水面が黄金に染まり、村人たちが静かに手を合わせた。


 ケムがぽつりと呟く。

「東から生まれ、西へと死ぬ……太陽は毎日その道を行くんだね」


 パネシは彼の肩に手を置き、低く言った。

「そうだ。だから東西は生命の道だ。人もまた東から来て西へ去る。これを最初に知った人間は、方位のうちでまず東西を定めたのだ」


 夜、星々が昇ると、メリトは北の空を指差した。

「見て! あの星はあまり動かないみたい!」


 パネシは目を細めて言った。

「よく見ているな。あれが北を示す星――だが、完全に止まっているわけではない。やがて南北を知る助けとなるだろう。だが先に定まったのは東西だ。太陽の道こそが、人が最初に見つけた秩序だからだ」


 子どもたちはしばらく黙って夜空を見上げていた。

ケムがやがて小さな声で言った。

「東西が先……でも南北も、きっと大事なんだね」


 パネシは深く頷いた。

「その通りだ。東西は生と死、南北は力と不変。四方をそろえて初めて、宇宙の秩序が完成するのだ」


 その言葉は、ナイルの夜風に乗って、星々の光の下に静かに溶けていった。


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