第12章 石と神殿を方位に合わせよ
朝もやのなか、村の広場に人々が集まった。今日は王の命によって、新しい小さな神殿を建てるための「縄張りの儀式」が行われる日だった。
地面にはすでに杭が打たれ、東西と南北の線が描かれている。ケムとメリトは胸を高鳴らせながら見守っていた。
建築師ホルが両手で長い縄を持ち上げた。
「祭司さま、今日はどこに基準を定めますか?」
老祭司パネシは真東の杭を指差した。
「春分の日に太陽が昇ったこの線だ。神殿の中心軸を、この真東から真西へと伸ばす」
ケムが身を乗り出して尋ねる。
「どうして真東からじゃなきゃいけないの?」
パネシは子どもたちに微笑んで答えた。
「真東は天地の均衡を示す。太陽がその道を進む日は、昼と夜が等しくなる。神々の住まいをこの線に合わせれば、建物は宇宙の秩序と一体になるのだ」
メリトは感嘆の声をあげた。
「じゃあ神殿は、ただの家じゃなくて……天と地をつなぐ場所になるんだ!」
ホルが縄を引き、村人たちが杭を打ち込む。縄はピンと張られ、真東から真西へ一直線に伸びた。
農夫アフが手を止め、言った。
「これなら畑もきれいにそろえられるな。神殿だけじゃなく、村全体が秩序に従うように見える」
ホルは笑いながら頷いた。
「秩序ある畑、秩序ある神殿、それが秩序ある暮らしだ」
太陽が昇ると、その光が縄の上をまっすぐ走った。人々は息を呑み、手を合わせる。
ケムが小さな声で呟いた。
「太陽が道を照らしてる……これが神々のしるしなんだね」
パネシは厳かに宣言した。
「今日、この線の上に石を積み、柱を立て、屋根をかける。やがて太陽は年ごとにこの線を往復し、春分と秋分の日には再び神殿を照らすだろう」
午後、最初の石が運ばれた。男たちが力を合わせて石を縄の上に据える。子どもたちも小石を拾って並べ、笑顔で作業に加わった。
メリトが目を輝かせて言った。
「ねえ、こうやって石を置くたびに、太陽の道と村の道が重なっていくんだね!」
ケムも大きく頷いた。
「ぼくらが作ってるのは、ただの建物じゃない。“天の地図”なんだ!」
日が傾きはじめるころ、神殿の基礎が姿を現した。東西にまっすぐ伸びる石列が夕日を受けて赤く染まる。
パネシは人々に向かって声を上げた。
「見よ! 神殿は天と同じ秩序に従って建てられる。我らが太陽を観測し、方位を見出したことこそ、この秩序を大地に写す力なのだ!」
村人たちは歓声をあげ、歌と太鼓が鳴り響いた。
夜。建設現場に残ったケムとメリトは、積み上がった石に腰を下ろして星空を見上げた。
ケムがぽつりと呟いた。
「いつか僕らの子や孫も、この神殿を見て“ここが真東だ”って分かるんだろうな」
メリトは笑みを浮かべ、星を指差した。
「太陽も星も、みんな同じ秩序の中で動いてる。だから私たちも迷わずに生きていけるんだ」
その声は夜空に溶け、北極星の光に届いたようだった。